ブーゲンビリアの涙

人喰い刀

第1話 南国の花

「さぁ行くのだ、海を渡り、遥か遠くの異国へと。その心に希望を抱き。」


「ブーゲンビリアよ

  お前は私達の希望の花だ

    誇らしくその花を咲かせてくれ。」


観衆の拍手の中、幕が下りる。


まひろは自分が最後に出演した舞台の動画を観ていた。


この舞台に出てからもう一年が経つ

あの頃、全てが輝いていた…


窓を開けると国道の向こうに見える海を眺めた。


まひろは17歳の高校三年生。

交通事故に遭い右足に大怪我をして、今は新しい足を着けている。

長い入院とリハビリの後、学校は休みがち

頑張れたのは数ヶ月だけだった。


久しぶりに浜辺に行ってみようと思った

まひろはヘアゴムを手に取り、長い髪を結び鏡を見た。

左の目尻から唇の端まで酷く残る事故の傷跡をマスクで隠すと、義足を着けて華奢な彼女には大きめのズボンを履いて、祖父にプレゼントされた白いストールを首に巻いた。

ストールにはブーゲンビリアの花が描かれている。


松葉杖を手に取り、海へとひとり商店街を歩き始めた。

少し肌寒い風

ついこの前まで観光客で賑わいがあったのに

気がついたらもう海水浴のシーズンは終わっていた。

夏には海岸に出る途中の公園に、でいごの花が鮮やかに咲いていたが、今は見る影もなく、まひろの目に映る景色は色褪せ、憂鬱な午後の日射しがその景色をセピア色に変えてしまった。

自動販売機でミルクティーを買おうと立ち止まり、ポケットから財布を取りだそうとしたその時、バランスを崩し松葉杖を落としてしまった。

近くでサッカーをしていた男の子が走り寄り、松葉杖を取って「大丈夫?」と声をかけてくれた。

小学校低学年くらいの男に「ありがとう」と言って、顔を見るとその目線は自分の顔の酷い傷跡に行っている事に気がついた。

次の瞬間、少年はまひろと目が合うとすぐに目をそらして戻って行った。

久しぶりの他人のリアクションだった。

平気。慣れてるわ…

まひろは坂を慎重に登り、海岸へと出た。


「海…」


人もまばらな平日の午後の鵠沼海岸。

ここで育ったまひろには、特に感情を揺さぶる景色ではなかった。

ただ、寂しさが増す秋の風が吹き付けるのみであった。


ミルクティーを飲みながら、以前出演した舞台の事を思い出した。

ラテンアメリカの国、ニカラグアの少女が女優を目指して日本へと向かい、人間として成長して行く物語だった。


名も知らぬ

  遠き島より 

    流れよるヤシの実ひとつ

         故郷の岸を離れて

            汝はそも波に幾月


まひろは舞台で演じた主人公ブーゲンビリアが初めて覚えた日本の歌を口ずさんだ。


虚しくなるだけだった。


なんで自分がこんな目に合わなければならない…


涙が頬を流れた。

空を舞うトンビ、打ち寄せる波ですら、自分を嘲笑っている様にしか感じれなかった。


足を取られる砂浜までは行く気にはなれなかったので、まひろは歩道の隅に腰を下ろし

膝を抱えて顔を伏せた。













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