第14話 一太、清河と再度国事を語る③
国というものは一つの要素で成り立つわけではない。
以前、私は法律と政治という分野で清河の先を言った。
今は経済という分野で先手を取っている。
次は防衛という分野に話を進める。
「では、我が日ノ本はどこで防ぐべきなのか? この点については同じ島国であるイギリスを参考にすべきだと思います」
ここで初めて、世界地図を取り出した。
「こちらが日本で、こちらがイギリスでございます。その更に西に陽の沈む国アメリカがございますが、この大きなユーラシアなる地域の東西に日ノ本とイギリスがございます」
「……左様でございますな」
「さて、イギリスの国境はいずこにあるとお思いですかな?」
私は問いかけて、野次馬にも見えるように地図を大きく見せる。
「はいはい、地図はここにもあるよ~」
沖田と永倉が用意していた地図を近くの者に渡して、それぞれが目にしている。
しばらく反応をうかがってみる。
外野の方からは「この島二つではないのか?」という当然の答えが出て来た。
「如何ですか?」
外野の意見が固まってきたところで改めて清河に尋ねてみた。
「この島国ではないのですか?」
「そちらではないのですよ」
私はヨーロッパ大陸の海岸線沿いに線を入れていく。
地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023212808352556
「この先に出たら。つまり、海に出たらイギリスの国境を超えた、という認識であるわけです」
島国であり、海軍国であるイギリスは海戦には圧倒的に強い。
だから上陸そのものを許すつもりがない。
「これを我が日ノ本に置き換えるとこうなりますな」
朝鮮半島や、中国東岸の大陸線沿いに線を入れていく。
「厳密に言うなら、海は繋がっておりますから」
アメリカ大陸やヨーロッパ大陸、アフリカ大陸まで線を入れていくと、外野が「おいおい」と騒ぎ始めた。
当然といえば当然だ。
物凄い広さになってしまう。
「これを日ノ本の国境と考えれば、攘夷は極めて楽に進みます」
「……」
向こう側の大陸線の向こうに来させないようにすれば、日本に来ることはない。
全員、理屈では分かったのだろうが、「本当にそうなのか」というような様子を見せている。
そんなことができるのか、という当然の疑問になるようだ。
「ここから先は国を人と見立てれば良いのでございます」
「国を人と見立てる?」
「つまり、本日、清河先生は多くの人と語り合い、準備をしていたのではないかと思います。国もそれと同じでありまして、多くの国と語らい、日ノ本の与り知らぬような形で海に入られることがないようにするのでございます」
「……」
「すなわち、こちらで刀を構えて力むのではなく、向こうまで出向いていって、いわれなき来訪をしないように働きかけるのです。さすれば、この都に夷人が来ることはなくなりますでしょう」
「外国人が日本に来られないようにするにはこうしたら良い」という言い方は、21世紀であれば問題になるかもしれない。
ただ、とことんまで外国人嫌いだったという孝明天皇にとっては、悪くない返答となるのではないか。
「もちろん、それで通じない場合もございます。そのために海防を強化する必要があり、そのために先程まで話した最初の話、金子の話へと戻っていくのです。何か一つだけ動かせば解決するわけではありません。全てを前進させる必要があるのです」
「そういうことじゃったのか!」
急に叫び声がして、私も清河も、そちらに視線を向けた。
と、坂本龍馬がいるではないか。まだ脱藩者として追われている存在のはずで、京には大きな伝手もないはずなのに一体、どうやって御所に入ってきたのだろうか。
関係なく、龍馬は感動している。
「あれは……龍馬じゃないか」
清河も彼が龍馬であると気づいたらしい。以前にも触れたが、同じ北辰一刀流を極めた者同士、面識はあったのだろう。
「勝先生から聞いた、世界のこと! 海防論! 海商論! 一つに結び付いたわい! わしは神戸でやるぞ! 海防のために励むぞ!」
と、周囲の野次馬の何人かも「おまえは龍馬じゃないか」と反応しはじめた。
考えてみれば尊王攘夷派は土佐出身の者も多い。狭い世界なので繋がりも多いのだろう。
「おお、おまえ達も一緒にやろう!」
龍馬は挨拶に来た者にも呼びかけている。
「……」
清河と思わず目があった。
思わぬ形で中断してしまったが、龍馬がサクラかと思うほど、私の意見に乗ってくれたのは有難い。それに影響されて、「山口の言うことが正しいのかな?」と思う者も増えたようだ。
「……国境線ということであれば、一つ朝鮮のことも話したいのですが、どうですか?」
清河が聞いてきた。
幕末の朝鮮論。
これも確かに避けて通れない話だろう。
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