第13話 一太、清河と再度国事を語る②
「
清河ではなく、外野から声が飛んできた。
「皆様も黒船は見たことがございましょう? 黒船と対峙する方法が幾つかありますが、仮に攘夷をなすとなれば、似たような船を作ることは必須。それとも、皆様はまさか槍や刀を持ったまま、泳いだり小船に乗ったりして、黒船まで行かれる気ですか?」
と言ってから、更に追い打ちの一言を入れる。
「薩摩が英国と険悪になっております。我こそはというものは、
全員黙ってしまった。黒船に向かっていっても木っ端みじんになるだけだということは理解したのだろう。
「そうでないのなら、金子の計算はしなければなりませぬ」
「……そこまで言う以上、山口先生はご存じなのでしょうな?」
清河が問いかけてくる。
「幕府については概算では存じておりますが、諸藩までは分かりませんね」
「いかほどなのですか?」
「どれだけ多く見積もっても一万両には届かないでしょう」
江戸時代の予算は多く見積もっても100億円程度と言われている。
軍事費が10パーセントということもないだろうが、多めにそのくらいあると考えても良いだろう、それで10億円だ。1両を10万円で換算すれば1万両となる。
外野も含めて「多いのか?」、「少ないのか?」という様子である。
「イギリスやフランスはそれより多いということですかな?」
清河が問いかけてきた時、私は内心でガッツポーズをした。
「そうでしょう。しかし、どうして多いと思います?」
「どうして多い?」
「イギリス、フランスはこの日ノ本より多くの人がおりますが、といって物凄く多いというわけではありません。しかし、それらの国が持つ金は日ノ本の数十倍、下手すると百倍以上となります。何故そうなるのでしょう?」
「……」
清河は少し考えていたが、何かに気づいて険しい表情を見せた。
私のからくりを理解したのだろう。
19世紀、ヨーロッパとその他地域とでは予算額その他にとてつもない差があった。
何故か、まずは租税制度の差である。
少し前に河井継之助と話した通り、日本の税制は中世のままだ。
まず、租税は金納でなく、米である。だから相場に左右される。
とはいえ、これは小さな問題だ。
最大の問題は徴収対象が農民のみである、ということだ。
21世紀の現代でも税の不公平は問題になる。「やれ宗教法人は非課税だ」などといった話だ。
19世紀後半の日本では宗教法人はもちろん、特権階級たる武士も公家も僧侶も納税をしていない。一番貧しい農民からの租税のみで成り立っているのである。
この状況のまま、国民国家のイギリスやフランスに勝てるのか、勝てるはずがない。
イギリスやフランスにしても不平等なのは変わりがない。この時代から第一次世界大戦前夜までにかけて、不平等には拍車がかかっていく。
それでも、上流階級でも税金を納める必要がある、という意識はある。
ここは今の日本と全く違うわけだ。
「清河先生は理解したと思いますが、どのような相手から年貢を徴収すべきか、その問題があります」
清河としては答えられないだろう。
特権階級である武士や公家から年貢を徴収すべき、などということは。
しかし、それをしなければ年貢……納税額は増えない。つまり、国家が強くなることはない。
尊王だろうと佐幕だろうと、攘夷だろうと開国だろうとどうでもいい。
金がなければ勝てない。
それは分かったはずだ。
しかし、現状の日本はその前提を備えていない。効率良く、国のために納税をする仕組みがない。
「最終的に日ノ本が行き着かなければならないものがあります。そのために今、なしていることが必要なのか? それを考えたことはおありでしょうか?」
現在尊王攘夷派がやっていることは、目障りな者を消す、ということだ。
それはガス抜きとしては有効かもしれないが、ガスを抜いているだけでは未来のためにはならない。汚いことをしていても未来のための設計図があるなら救われるが、こうしたものは清河にはない。
もちろん、それで彼を責めるのは酷な部分もある。そもそも、海外のことを知る機会というのが限られていたのは間違いないからだ。
とはいえ、設計図なしに野放図に動き回られると他の者が被害を受ける。
史実では、清河は浪士組を意のままに操ることに失敗して、殺されてしまった。
例えば、坂本龍馬や佐久間象山などの死に対して、「残念だった」という声はあるが、清河八郎の死に対して「彼が死ななければ日本が変わっていた」という声はほとんど聞かない。
つまり、彼の純粋なる尊王攘夷思想が必要とされる時代は終わったのである。
それはこの先の設計図のない運動だったから、と言っても差支えがない。
「更にはそれを実現するための制度がありません。税法が必要なのはもちろんですが、それを実行するためにはしっかりとした官僚組織が必要となります」
官僚、すなわち役人だ。
役人もしくは公務員は嫌われる存在ではある。
しかし、彼らの存在がないことには国家の予算が機能しないのもまた事実である。
一握りの天才がそれらを全部掌握できるとすれば、素晴らしいことだが、中世ならともかく近現代でそれが出来た者はいない。
「そうしたことも考えなければならないでしょう。それがないのなら、泳いでいくか、小さな船で黒船に近づくしかありませんな」
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