第12話 一太、清河と再度国事を語る①

 翌16日の朝、準備をすると御所へと向かう。


 ついてくるのは沖田総司に永倉、更には昨日合流した近藤と土方、それに……


「俺は水戸からやってきた芹沢鴨だ! 近藤、新見と語り合い、この小隊の隊長をしている!」


 と大声で怒鳴りつけてくる大柄な芹沢鴨もついてきた。


「認めたつもりはないが、うるさいからなぁ……」


 近藤が「やれやれ」という顔をしている。



 そんな彼らと一緒に行くのであるが、向かうにつれて本当に会津や長岡の旗が見えてきた。言うまでもなく京都守護職・松平容保や京都所司代・牧野忠恭だ。


 彼らの存在により、入口にいる清河らの一行は困惑した様子だ。


「おはようございます」


 私が挨拶をしても、面白くなさそうに中に入っていく。



 つまり、こういうことだろうか。


 清河八郎は、朝廷の何人かと意を通じて浪士組を連れ、帝のいる御所の中で『尊王攘夷』を高らかに宣言して、弾みをつけたうえで私にも勝ちたかった。


 ところが、私と清河が言い合いをするということで多くの者が集まった。特に幕府側の要職である京都守護職と京都所司代がやってきたことで、朝廷だけでなく幕府に対する決起になってしまった。


 特に計算したわけではないが、大々的になったことで清河の出鼻はくじかれてしまった形になったわけだ。


 とはいえ、松平と牧野の両者も、別に清河の邪魔をするつもりはないようで、先頭を進ませている。



 巳の刻、大勢の貴族が居並ぶ中、清河は建白書を関白・鷹司輔煕に提出した。


「主上もその方らの忠誠に期待している。励むが良い」


 という激励の言葉を受けることになる。


 関白はこの時代の日本政治という点ではほとんど有名無実な存在だが、それでも腐っても関白である。天下人となった豊臣秀吉や藤原道長を連想する者も多いだろう。


 関白が建白書を受け取ったという事実は大きい。多くの者達は心から感激しているし、中には涙を流している者もいた。彼らの中では朝廷のために尽くさなければならないという思いが強くなっているだろう。


 ここまでのところ、清河はうまくことを運んでいる。



 手続は半刻も経たずに終わった。



「それでは、春興殿へ参ろう」


 鷹司輔煕の言葉と共に、貴族達も一斉に立ち上がった。


 どうやら、彼らも今回のことを知っているらしい。30人あまりが一斉についてくる。50人いる浪士組の面々も加えれば、80人。近藤、土方、沖田、永倉がいるとはいえ劣勢は明らかだ。


 ある程度アウェイだということは理解していたが、正直予想以上だ。松平容保と牧野、河井らがいるとしても、数倍の差がある。


 とはいえ、今更嘆いても仕方ない。



 春興殿に着くと、机と大きな椅子が二つ用意してあった。


 幸いなことに地図の類も用意されている。日本地図ではあるが。


 もちろん、私自身も世界地図を用意している。これがないことには話ができないだろう。



「どちらに座ればよろしいのですか?」


 清河と関白に尋ねる。「どちらでも」という返答が返ってきた。


 さすがに椅子に何か仕掛けてあることはないだろう。


 私は東側の椅子に座ることにした。


 一応、幕府側の代表ということになるのだろうから、東軍だ。


「よろしいでしょう」


 清河が反対側に座り、まず頭を下げてきた。


「以前は、海外の法のことなどを教えていただき、大変感謝しております。拙者もあれから、先生からいただいた本を読み、夷国の勉強をしてきたつもりです」


「左様ですか。それは大変良かった」


 私は笑いながら応じる。


 清河は非凡な人間だ。私の渡した本を元に海外の政体をかなり研究して、国体のあり方などを考えてきたのだろう。


 それを聞いてみることは面白いかもしれないが、長引かせると応援団の数で不利になる可能性がある。ここは先制攻撃を仕掛けた方が良い。


「つまり、清河先生は以前よりも国外のことを知られたわけですね?」


「もちろんですとも。こう言っては何ですが、横浜にも二度出向きまして、洋書なるものも読みました」


「ほう」


 これも結構意外だ。


 私に負けたくないという思いがそれだけ強いのだろうし、あとは読んでみると関心を抱くことも多かったのだろう。


 それならば、更に色々な部分に目を開かせるに限る。



「では、まず、清河先生に伺いましょう。この日ノ本で、1年にどれだけの金子が武器弾薬に使われているかご存じですか?」



 外野からどよめきの声があがった。


「……何ですと?」


 そんな切りこみ方は想定していなかったのだろう。清河も目を丸くした。

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