第15話 一太、清河と再度国事を語る④

 日本が近代化していくうえで、朝鮮、ついでに中国東北部のことは斬っても切り離せない。


 史実の松陰先生は、「朝鮮、カムチャッカ半島、台湾、フィリピンなどを日本の領土として、その他の国とあたるべきだ」というような主張をしていた。


 実際に海外を回った松陰先生は、こうした思想を修正していたのか、どうか、それは分からない。


 こうした考えを元に日本は明治維新後、台湾に進出し、征韓論の争いなどもありつつ日清戦争・日露戦争を経て、朝鮮を日本領とした。



 21世紀に、このあたりのことが尾を引いている要素はあるが、率直なところやむを得ないことだったとは言える。


 中国・清も色々問題があるが、その弟分たる朝鮮も、似たような問題を抱えている。地力での近代化の難しさについては両国とも似たようなものだ。


 清で辛亥革命が成立してまがりなりにも近代国家になろうとしたのは1912年。これからほぼ50年後の話だ。


 端的に言って遅すぎる。



 松陰先生の意見もあるし、放置しておけばボロボロの清国や朝鮮が列強に牛耳られるという危険性もある。日本としては自国の安全という点からその状態を放置することはできなかった。


 また、領土を併合することで単純に国力が増すという部分はある。近代国家では労働力の数が重要で、領地を増やせば国力は上がる計算となる。


 更にはアジアの盟主としての日本をアピールすることができる。


 史実の流れにおけるメリットは以上のようなものだ。事実、こうしたメリットを享受して大正から昭和前期にかけては好調であった。



 一方、イギリスと比較すればデメリットも見えてくる。


 イギリスはヨーロッパ大陸には自分の領土を持っていなかった。正確には百年戦争の頃にはフランスに領土を有していたが、最終的には失った。


 ただし、そのことで大陸の海岸線を、自国の防衛ラインとする考えに立つことができた。これはヨーロッパ大陸に領地があると出来ない考えだ。


 ユーラシア大陸側に日本の領土を抱えた結果、どうなったか。


 更に奥側に防衛ラインを設定しなければならなくなった。具体的にはロシアと中国だ。そのため中国に攻めたら、今度は東南アジアの英仏圏と接することとなった。


 防衛ラインが不明確になり、国家戦略が揺らいでしまうわけだ。



 更に大陸側の場所を領土として保有してしまったため、そこに権益が生じて、手放せなくなる。


 陸軍が朝鮮、満州を支配した結果、そこを守る必要が生じてしまったうえ、海軍の戦略との間に齟齬が生じてしまった。


 日本の国力であれもこれもということはできない。


 そういう点では結局のところ、太平洋戦争というのは明治維新前後の戦略の総決算となってしまったと言ってもいいのだろう。



 もちろん、だから、「朝鮮や中国はやめましょう。台湾、フィリピンと海洋権益を求めていきましょう。ユーラシア東端ではどの道ロシア(後ソ連)とイギリス(後アメリカ)の利害が衝突しますので、放置しておいて大丈夫です」とまで言えるかどうかは分からない。



 ただし、少なくとも史実の流れ、今、実現可能性がもっとも高いシナリオ(朝鮮から満州への進出だ)の流れは分かっている。そのメリットとデメリットがどうで、最終的にどうなりそうか(イギリスとアメリカ、ロシアを相手にしてしまうということだ)、という説明はできる。



「……」


 説明を終えると、全員が押し黙ってしまった。


 清河も世界地図の朝鮮や中国東岸を指でなぞり、色々と思案している。


 しばらくしてから、ぽつりと言った。


「……海岸線側に人をやり、日ノ本に来させないようにして、海洋を獲得していく……。遠い道のりですな」


「日ノ本は三百年近く、世界から遠くにおりました。簡単な近道などはありません。政治、経済、学問、外交、国防、戦略全てを刷新する必要がございます。ただし」


 私が「ただし」と強調すると、全員が乗ってくる。


「外交に関しては、既に外で面白いことをしている男がおりますので、その者の主導に任せるというのも手としてはあるでしょう」


「面白いことをしている男?」



 史実の日本は、ヨーロッパとの外交関係を一から作らなければならなかった。


 だから、勉強も含めて、当時の新政府重鎮らがこぞってヨーロッパに行かなければならなかったわけだ。


 しかし、この世界では既にヨーロッパ中に日本という存在をアピールしている者がいる。


 しかも、世界的な大イベントを開催しようとしている。


 それに協力できれば、日本という国の認知度もまた、大いに高まることが期待できる。



「そんな者がいるのですか?」


「います。この日ノ本も広く、多くの者がいるのです。私も知らないような優れた者がまだまだ大勢出て来るでしょう」

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