第6話 途切れた後輩からの電話

 リアルなお話です。

 40年近く前のことです。


*****


「堀よ…昨日…池田から電話があったんだ…」


 高校のスキー部の先輩、渋谷さんがミーティングの前に僕にそう言いました。

「ミーティングの前の日だからな…なにかあったのかと思ったんだよ…」


「何もないですけれどね…」


 僕らの高校は私立で付属の中学もありました。

 部活も中高同じ活動をしていました。


 男子高校生と男子中学生が同じ活動をしているので、まあね、無理がありますから練習メニューは違います。


 でもミーティングはいっしょです。

 部員は高校も中学も少なくて、僕は高校二年生ですが総務的なこともやっていました。


 池田は中学部の二年ですね。


「なんだろうな…と思って電話にでたんだけれどさ…すごい動揺していてよ…」


 先輩の家に電話するだけでもそんなふうになるかな…


「わけわからないままさ…あいつから電話きりやがってな…」

「はぁ…」


「なんか知ってるか…」

「いいえ…」

 本当に知らない。


 でもすぐに池田も来るだろう。


 ミーティングの時間の直前になってバタバタと他の部員も集まってきました。


 まだ池田は来ていないね。

 他の中学部の部員もまだだ…

 連絡はしたのにな…

 顧問の三井先生もまだ来ないしいいけれどね。


 ミーティング時間になった。

 走ってくる複数の足音がした。

「池田…お前バカだな…」

 あれは柳の声だ。

「今日来てっぞ、渋谷先輩」

 これは芦屋の声。


 教室のドアが開き、中学部の部員がなだれこんできた。

 池田もいる、色白で整った顔立ちの。

 ちょっと渋谷先輩と僕に視線を投げ、すまなそうにしている。


「池田、昨日の電話はなんだったんだ…」

 渋谷先輩、訊きますよね、当然。


「いや…あの…」

 困った顔をする池田。


「用事があったなら言えよ」

「ええ…先輩に用事はないんですが…」

 応えにくそうだ。


 中学部の部員はそんな二人を面白そうに見ている。

 何か知っているな…


「ミーティングですよね…先生はやく来ないかな…」

 池田、話しをそらそうとしている。


「オイ、何かあったのか…」

 ちょっと言葉を強める先輩。


「言えよ…」

 芦屋が言うと

「お前がバカだったんだろう…」

 柳も加わった。


「はあ…」

 溜息が聞こえた。

「先生来る前に話しちゃえよ」

 僕も気になるのでね…促します。

 まずいお話だと先生に聞かれると困るし。


「あの…まさかなんです…」

 神妙になり語りだした。


「まさかなんですよ…あーあー」

 天井を見上げている。


「ドラマや漫画だったらな…ありうるけれどな…」

 柳が池田の肩を叩きながら言った。


「もう白状しちまえよ…」

 芦屋も同じく彼の肩を叩いた。


 二人とも笑っている。


「この前なんですよ…塾でかわいい子ナンパして…」


 ナンパと先輩の家への電話になんの因果関係があるんだよ…

 何語っているんだ…


「こいつけっこううまいんですよ、ナンパ…」

 柳が言うと

「なんだろうね…警戒心を抱かせないというか…なんというか…」

 芦屋もつなげる。


 いくら私立の中学生とはいえ、そのころからナンパするなよな…

 まあ、考えようによってはたいしたもんだけれどもね…


「デートに誘うつもりで…」

 うん…?

 なんか…

 なんか…ちょっと…


「電話番号を訊いたら教えてくれて…」

 

 まさかね…

「昨日、彼女の家に電話したんです…」

「学校名をちゃんと名乗って…あやしいものではないですから…」


 バカだ…

 というか運が悪いというか…


「そうしたら……」

 お母さんがはやとちりしたのか…

 

 息子の通う学校の男子から電話がきたらね…

「渋谷先輩がなぜか出て…」

 そりゃあね…そうだよね。


「バカだな…」

 先輩、そして他の部員から声がもれた。


「まさか先輩の妹さんだなんて思わないよ! 」


 思わない…こんなことドラマや漫画でしかない。

 絶対に思わない。


「なんで先輩がでるんですか! 」

 開き直ってどうする。


「俺の家だからだよ! 」

 おっしゃるとおりです。


「池田! 」

「はい! 」


 高校三年生と中学二年生…

 体格も迫力もケタちがいだ。


「ナンパはかまはないけれどよ、苗字と電話番号で気づかないか! 」

 

「全然、まったく! 」

 開き直ってどうする。


 ドアが開き三井先生が入ってきた。

「お前ら、外まで聞こえてるぞ! 池田、今度は何しでかした」

 ことの詳細を柳と芦屋が先生に語ってしまう。


「渋谷の妹をナンパして…電話をしたら渋谷がでて、開き直っている…って…」


 先生、怖い顔をしながら笑っている。


「世間はせめーなー」

 本当にそうだ。


「偶然ってこえーなー」

 怖いね…


「ふつうはそんなのないです…」

 池田の主張はめずらしくまっとうだけど…


「事実は小説よりも奇なりっていうんだ…」

 こんな事実あるんですね、リアル社会で。


「今度ナンパするときは一番最初に兄弟姉妹がこの学園の生徒かどうか確認するんだな」


 面倒なナンパだ。


*****

 今は携帯電話があるしLINEもあるしな…

 昔の僕らからしたら本当にいい世の中です。

 彼女に連絡するさい、親を通さなくていいなんて…


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男子校哀歌 (青春篇) @J2130

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