追放者

秘灯 麦夜

理想と現実







 追放されるキャラクターに憧れていた。

 典型的な貴種流離譚きしゅりゅうりたん。最強の力を持つ誰某だれそれとして、異世界を放浪し、真の仲間と寝食を共にする。その流れで魔王を斃したり、真の勇者として迎え入れられたり──そういうキャラクターへのあこがれは止められなかった。

 しかし、いざ自分が異世界転生を果たしてみると、理想とは真逆だった。


「アルファ、おまえを旅の仲間から、チームから追放する」


 アルファは反論しようとするが、仲間たちの我慢は限界だった。

 荷物係という地味な役割のわりに、遺失物が多いこと──その実、仲間の私物を闇市に流す窃盗壁があることが明るみになり、使い物にならないと判断された。……さすがに、女性メンバーの下着を換金所に持っていくやつとは、同じ旅の仲間としてやっていけないと判断されて当然の末路であった。おまけに、他の勇者チームと女性を巡って一悶着を起こすこともある激情家だ。もはや庇いきる理由がない。アルファは恨み言を言いつつ、チームリーダーの俺の言うことに従い、自分の荷物をまとめ、即日チームから離れた。


「はぁ」


 俺は溜息を吐いた。

 そんなリーダーの決裁を仲間たちはねぎらってくれるが、どうにもこれは自分が思い描いていた異世界転生物語ではない。

 本来なら自分こそが、このチームを追放され、新たな能力を目覚めさせたり、強靭なスキルを解放して、真の仲間と巡り会う──そういう筋書きこそが、俺の望みだった。

 けれど俺は、生まれついての勇者の家系に生まれ、父に厳しくも実戦的に鍛錬を施され、“勇者の一員”として申し分ない血統と実力とを兼ね備えている。


「ドンマイ、リーダー」

「あんな奴、追放して正解だって」

「荷物係なら、皆で分担すればいいだけよ」


 仲間たち六人はリーダーの採決を完全に是としてくれた。

 しかし、気が重い。

 アルファの恨みがましい視線──怨念と憤懣に彩られた瞳の色は、完全にリーダーである俺を軽侮していた。


(現実は、そう上手くはいかないよな)


 そう心の中で自分を奮起させる。

 しかし、またしてもチーム内で問題が生じた。

 荷物を分担制にしたことによって、体力的に虚弱な白魔導師・ベータが、ミスを連発し始めた。

 仲間たちは口々にベータを罵り、戦闘に使えなくなったベータを蔑み始めた。よくない流れだと肌で感じた。


「ベータの分の荷物は、俺が受け持つから」


 それくらいの余裕はあると豪語してみせ、ベータを安心させようとする俺であったが、


「だめよ、リーダー」

「ウチのチームの要が、負担を背負う必要はないわ」

「過大な負担ではないとしても、とっさの戦闘の時に、最前衛にいる勇者様がやられる可能性は潰しておかないと」


 会議は紛糾し、妥協点の探り合いも通じなかった。

 結局、ベータはチームを離れることになってしまった。

 自分のせいで、チームに不和を広げることを良しとしない彼女の姿勢は立派であったが、リーダーである俺は必死に慰留した。

 チームの回復役である白魔導師を失うことで生じる可能性をおもえば当然のことであったが、ベータは泣きそぼった顔でチームから追放されることを望んだ。

 結局、仲間は五人となった。

 リーダーの率いるチームは、確実に魔王軍を撃破しつつあったが、またしても問題が生じた。

 今度は黒魔導師であるガンマが使い物にならないと判を押され始めたのだ。彼女は優秀な黒魔導師であったが、魔王軍の軍勢には効果が薄くなり始めたのだ。

「またか」という言葉と思考を飲み込んで、リーダーはガンマにはないことを説いた。しかし、現実問題として、黒魔導に耐性を備える敵の出現は、強壮だったガンマの矜持を粉々に打ち砕いていた。


「私はもう──貴方についていくことができません、ッ……」


 涙ながらに謝罪するガンマを、リーダーである俺は引き止めることはできなかった。

 魔王軍の強壮さは増すばかり。これ以上、使えない人手をチームに加え続けることは許されない道理であった。

 これで、チームは四人となった。

 度重なる仲間たちの離脱──追放に、リーダーの俺は心を痛める余裕すらなかった。

 またしても問題が生じたのだ。それも、今度は三人同時に。

 女傭兵デルタ、女剣士イプシロン、女騎士ゼータが、勇者である俺の寵愛を受けようと、三人同士でいさかいを起こし始めた。

 最初は注意すれば止まってくれた三人であったが、魔王の領域に踏み込むにつれ、自制心を失いつつあった。

 もう限界だと思った。

 俺はチームの解散を宣言し、三人を半ば強制的に人間の街へ帰した。



 気づけば俺は独りになっていた。



 それでも、俺は勇者としての責務をまっとうする使命があった。

 ……いったい、何がどうして、こうなってしまったというのだろうか。

 俺は独りで魔王城の分厚い守備兵の壁を打ち破り、魔王が控える玉座の間まで、血で染め上げた。


「よくぞ来た、勇者よ」


 女魔王オメガは歓待する。

 満身創痍の俺はそれを受け流しつつ、片手で勇者の剣を構える。

 魔王は、そんな孤軍奮闘する俺の様子を憐れむように、自分の配下たちを呼ぶ。

、現れた“彼女たち”の姿に、俺は愕然となった。


「ゼータ、イプシロン、デルタ、ガンマ、ベータ、アルファ?」


 整然と並ぶ顔ぶれ。

 彼女たちは操られているわけではなく、最初から魔王の部下として、俺のもとに集い、仲間ごっこ・・・を演じていたのである。嘲笑の声が玉座の間の高い天井に響いた。

 微苦笑するしかない俺。

 勇者たる自分が、魔王の配下に護られ、背中を預けながら戦ってきた事実に、失笑が込みあがる。

 自分が追放してきた仲間たちに裏切られていた事実に……では、ない。


「さぁ勇者よ。かつての仲間に対し、おまえは刃を振るえるのかな?」


 問いを投げる女魔王。

 各々が武装を取り出す、かつての仲間たちに対し、勇者は渇いた笑みを浮かべて剣を振るおうとして、できなかった。

 女騎士の剣戟が、女剣士の一閃が、女傭兵の銃撃が、黒魔導師と白魔導師の魔法が、彼の全身を襲う。

 それでも、彼は前進した。

 彼はこれっぽっちも絶望などしていない。

 むしろ逆だ。これこそ彼が望んだ冒険であったのだ。

 追放されていたのは、ほかならぬ自分自身だった。けれど、それこそが、彼のあこがれた物語である境遇だった。

 馬鹿の極み。

 愚劣の極み。

 それでも彼は、前進する速度を止められなかった。

 彼の異世界転生物語は、ようやくはじまりを迎えたばかりなのだから──






 Fin




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追放者 秘灯 麦夜 @hitou_bakuya

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