第3話 僕の未来とその希望

「今から『果実』になろうと思っても無理なのよ?」


 僕の視線の先に気づいたストゥはため息とともに言う。

途中の変更が無理なことはもちろん知っている。だから僕らは8歳までに世界を見極める。

 『庭師』と『果実』の生活格差は大きいから、一度『庭師』を選んだあとで『果実』になりたがる人間もいないことはない。ただし結局『果実』の賞味期限は20歳。うらやむようになるころには賞味期限が迫っている。

 僕が20歳になるまではあと10日ほど。それに、僕は多くの『果実』たちが歩む刹那的な人生は、やっぱり性に合わないなと感じる。料理を作るのは好きだし、料理で『果実』たちに喜んでもらうのはうれしい。味見でストゥにおいしいと言ってもらえることも。


「ストゥ、別れよう。僕はストゥの思うような人間じゃない。それに『ヴァニタス』もやめようと思ってる」

「何をいってるの!? 別れるのも嫌だけど……、あなたはずっと『ヴァニタス』で頑張ってきたし認められてきたじゃない。別のところにうつるとまた1からスタートよ?」


 信じられないというようにストゥは目を見開く。

 『ヴァニタス』は他よりもずいぶんいい職場で、普通はよっぽどじゃないと転職なんてしない。それに僕は確かに『ヴァニタス』の中でも将来を嘱望されていた。


「でも、もう決めたんだ」

「引き抜きでもあったの?」

「ううん、やめるだけ」


 ストゥは僕を混乱する目で見る。

 多くの『庭師』はギリギリの賃金で暮らしているから、新しく10歳相当の見習い賃金で再スタートするのは自殺行為。10歳の時より僕は食事量も増えているし、普通に考えて、休みなく働いても食事がまともにとれるかどうか。


「あなたが何を考えているのかわからないわ」

「そうだろうね、僕はストゥと一緒になれない」


 目を伏せてつぶやくと、紅茶のカップに乗せた僕の右手にストゥの左手が柔らかく重ねられた。視線を上げると、ストゥの熱を帯びた目から、『庭師』の誇りが揺らめていた。


「そんなことじゃないの。別れるのは嫌だけど、あなたがどうしてもというなら仕方がないと思う。でも『ヴァニタス』はやめないで。私はアニュの料理も大好き。あなたの料理は世界を変える域に到達すると思う。料理はあきらめないで」

「そういってもらえると嬉しい。僕も料理は好きだから」


 ストゥとの間の話は曖昧なまま、喫茶店を出た。ストゥは僕を心配して引き留めたけど、手を振って別れた。

 僕はその足で『ヴァニタス』に向かい、料理長に退職を願い出た。引き留められたけど、理由を話すと料理長は驚きながらも理解をしてくれた。


 仕事がなくなった僕は、テムが好きだった空を見上げる。空はずいぶん高いところまで澄み渡って、ユフの衝突で生まれた二つ目の月が昼の空を漂っているのが見えた。

 軽くなった足取りで『果実』たちを真似て、踊るように石畳を踏んでみた。

 僕は生まれて初めて特権をつかって、10日分の食材と、それから予定になかった便箋を2通買い込み、テムと過ごした懐かしい森に足を向けた。


 便箋の1通は、遺言。

 もう1通は、ストゥへの手紙。


大好きなストゥへ

ストゥ、隠しててごめん。

僕は『果実』なんだ。

8歳のときに、好きに生きると決めて『果実』を選んだ。

『庭師』として働いているストゥにはわからないかもしれないけど、

今も今までも『果実』として好き勝手に自由に生きてきた。


前にも話したことがあるけど、テムっていう幼馴染がいてね。

とてもテムが好きだった。

テムは僕の料理が好きで、僕は料理をテムに食べてもらいたかった。

だから料理を覚えるために店に入って頑張って修行して、月に1度休みをとって、テムに修行の結果を披露した。

でもテムは僕より先に収穫されてしまった。


ストゥに会えてとても感謝している。

テムが収穫されたあと、僕は心にぽっかり穴があいた。

そんな時に、ストゥが話しかけてくれて、僕はストゥのことをテムと同じくらい好きになった。

真剣に僕のことを見てくれて、僕の身を案じてくれた人はストゥだけだった。

ストゥは自分の誇りをしっかりもっていて、地に足を付けて歩いている姿がとても眩しかった。


でも、僕はストゥとの仲がこんなに深まるより前に収穫されると思ってたんだ。

いつ収穫されてもおかしくない年だし、20歳までに収穫されることは決まっていたから、好きに生きてパタリと眠っておしまいだと思ってた。

でも結局20歳の10日前まで生き伸びてしまった。

だから変に返事を先延ばしてしまってごめん。

本当に、もっとはやく収穫されると思ってたんだ。ごめん。


今日、僕の料理をほめてくれてとても嬉しかった。

『果実』の僕が何かを残せるなんてちっとも考えていなかった。

ストゥに何かを残したいって初めて思った。でももう時間がない。

だから、僕が考えたレシピを書いて、遺言をストゥに贈ることにした。

僕の料理をストゥに伝えたいと想いを込めるから、もしストゥが僕の料理を作ってくれたらうれしいな。

でも、いきなりだしちょっと重たいとも思うから、そのまま捨ててもらってもかまわない。

これも僕が『果実』として好き勝手してるってだけだから。

嫌なら本当に気にしないで。


ストゥ、ありがとう。本当に楽しかった。

ストゥにあえてうれしかった。

あと、僕のことはすっぱり忘れてほしい。

僕は食べられるための『果実』なんだから。

それから、ストゥに幸せが訪れることも心から願ってる。

どうか、ストゥがいい伴侶に出会えますように。


アニュより

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