ボレロ

 夕方五時頃。

 近くのコンビニに寄った帰り道。ぐっすり眠ってた背中の相棒のメス猿がむくっと起き上がって、

「キッ。キキー。キキャキャキャ」

 騒ぎ出した。どうしたんだろう、いきなり。と、

 突然。

 閃光があたりを包んだ!

 なんだ、この光は。身体が動かない。やがて、閃光はすうっと引いていく。

 光が完全に去った後、再び身体が自由になった。いったい、何だったんだ、今のは。相棒は、今のを予感して起きて騒ぎ出したのか。


 とにかく、志熊博士の研究所に戻ってみると。

 博士はいつにもまして必死にコンピュータと格闘している。さっきの閃光の原因でも探ってるのかな。50インチディスプレイ5台をにらみ、考え込み、またキーボードを叩く。

 テレビはつけっぱなし。

 第九惑星の特別番組。

 ついてて不思議じゃないけどね。なんせ、博士、この番組のために、はじめてテレビなるものを買ったんだから。

 さっきの閃光のニュース、やらないのかな。まあ、実害がなさそうだから、ニュースネタとしては弱いか。

 現代科学が代わってしまうかもしれない、特別番組。

 太陽系第九番目の惑星。どうやらそういう星らしい。

 二年前に打ち上げた探査ロケットが、まもなく到着し、惑星の調査を開始する。

 第九番目の惑星ってえと、海王星の外側にあると思うでしょ。ところがもっとずっと近いんだよね。

 太陽系って、平面上に、太陽を中心に、八つの星がぐるぐる回ってるでしょ。一つの平面に、八つとも並んでる。

 ところがこの第九番目の惑星、この平面の垂直方向にあるのですよ、なんと。しかも、止まっている。公転していないので、太陽に対して、完全に静止している。それで落っこちてこないということは……質量ゼロ。重さがないのに、大きさだけは太陽に近いくらいばかでかいのですよ。

 いままで気がつかなかったのは、太陽光が素通りしてしまうのか、ほかの惑星みたいに光らない、暗黒惑星だから。

 コンピュータの画面を見てた博士、急に動きを止め、つぶやく。

「九百六十七台か……」

 何を計算してるんだろ。

 テレビの方では、探査ロケットが送ってくるデータを基に、NASAに集まった超一流の科学者たちが、解析結果を報告してくれている。

『……新素粒子の存在は、以上のデータにより、ほぼ確定的になりました』

 どよめき。

 四年前。

 宇宙線の中に、なにやら全く未知の素粒子が混ざっているらしい。そう科学者の間で噂された。なんせ微弱で、質量ゼロの素粒子なんで観測がムズカシイんで、よくわかんないんだけど。でね、その素粒子が来た方向をたどってみたら……

 誰も気づかなかった、第九番惑星が発見されたわけ。

 で、この素粒子は、<第五の力>に起因するものではないかって仮説が出て、世界の物理学会は騒然となった。

 宇宙のすべてのものは、四つの力で支配されてるってのが常識だからね。万有引力、電磁気力、”強い力”、”弱い力”

 ところが、この四つだけじゃ、解決できない問題がありまして。

 どうやって宇宙ができたか。

 宇宙の誕生”ビッグ・バン”の直後以降のことは、”四つの力”で説明つくんだけど。宇宙誕生の瞬間のことは、手も足も出ないんだって。

 でもまあ、そこまでわかってりゃ、それ以上追求しなくったっていいと思うんだけどね、そこが物理学者のサガ。

 第五の力、仮称『秩序の力』サンこそ、実は宇宙の生みの親かもしれない。

 物理学者が言うには、いくつかの素粒子の存在が予測できて、その素粒子が時間と空間と、他の力を封じ込めてた天の岩戸だと。その天の岩戸が崩れて、中にいた時間と空間が生まれて、宇宙の誕生”ビッグ・バン”になった、とか言っているようだけど、なんかうさん臭いし、わけわからん。時間もないのに、どうやって天の岩戸が崩れたんだろ。

 で、その素粒子の一部が、なんかの都合で風船の中に閉じ込められちゃって、今に残っているのが、あの第九番惑星じゃないかってわけ。

 ぼくは、あらためてテレビを見る。

 探査ロケットが送ってくる、迫りくる”第九番惑星”の映像を眺めて。これが未知の素粒子がつまってる風船ねぇ。

 地表がどんどん眼前に迫ってくる。もうすぐ地表に着陸だ。質量のない地表にどう着陸するかは、見ものだね。

 テレビから慌てふためく声。あれ。れれれ。逆噴射しない。ありゃりゃ。どんどん地表が迫り……ロケットは地表に激突。わあ、地面が裂け、中から、閃光。

 あの閃光だ。さっきの。

 穴の開いた風船。中から、素粒子の奔流。

 あれまてよ。

 あの星まで、電波で三十五分。てえと、この映像は……

 三十五分前に起きたことなんだ。さっき浴びた閃光のときだ。さすが未知の素粒子。光速をはるかに超えているらしいぞ。

 いやな予感。わけのわからん素粒子を浴びちゃったんだ。

 ……頭がはげたりして。ケロイド。白血病。

「なにぶつぶついってる。手伝え」

 と、志熊博士。まったく表情が変わっていない。すると……

 閃光の瞬間から、このことに気づいていたんだ。


  ★    ★    ★    ★    ★


「ねえ。博士。こんな夜更けに、お月見なんて、どうしちゃったんです」

 春とはいえ、まだ寒いよぉ。夜中の三時頃に外に出て、博士はなにやら特殊なゴーグルを装着して空を見ている。

「自転周期十時間」

 またわからないことを。

 例の特別番組のその後の報告によると、何とか無事だった探査ロケットによると、惑星は少し小さくはなったけど、あいかわらず閃光を放出しながら、自転しているらしい。どうやら自転周期は十時間ン?

 てことは、??

 その瞬間。

 もう一つ月が出現した。いや、月より小さいけどあれは……。青みがかったきれいな天体。ま、まさか。地球だ!

「博士ぇ。これは」

「形状記憶合金」

 またこれだ。ええと。形状記憶合金ってのは……

 ん。おぼろげながら、わかってきたぞ。


  ★    ★    ★    ★    ★


「つまりですね。形状記憶合金ってのはですね」

 なんでぼくがこんなこと説明しなきゃならんの。

 広い会議場の真ん中で。まわりには、首相はじめ、アメリカ大統領、ロシア大統領はじめ、各国首脳がズラァッ。

 うへえ。冷や汗で背中が気持ち悪い。背中の相棒の猿も縮こまってるようだ。

「ある二種類の金属の合金を想像してみてください。違う種類の金属原子が、きれいに、交互に並んでる。

 高い温度から、交互に並んでるのを冷やしてやる。寒くて動くのがやだから、そのままじっとしてる。

 この金属を、変形させてやる。てえと、中で、ちょっとずつ原子がずれる。いままできれいに並んでたのに、乱れる。くそう。いやなやつがやってきたなあ。原子が、お互い、そう思ってるわけです。でも、寒くてやる気にならん、がまんしよう、と」

「途中ですが。また例の素粒子ビームによって、地球が生じました。計十三個です」

 十時間ごとの、いやな知らせ。よしてほしいよ。

「それでですね。この金属を熱してやります。原子が活発になります。やはり気にくわん。あの原子、追い出してやる。そう思われた原子の方でも、やはり気に食わん。あいつと手を切って、もとの所に戻ろう。熱をあたえると、原子は行動的になるんです。金属中でそうなって、みんな元の場所に戻ります。ということは、最初の高い温度のときの形に戻ります。形状が元に戻るんです。

 みなさんに例えると、共産主義の原子と、資本主義の原子がいて、席を乱れさせといて、カッカッ頭にこさせれば……」

 ギロッ。世界中の代表ににらまれた。ええん。今日はギャグが不発だ。やっぱ緊張してるのかなあ。

 ぼくは金属の棒を取り出して、コップのお湯につける。一瞬にして棒はハート形になった。

「空間も物質も、何種類かの粒子でできてるんです。

 あの、第五の力”秩序の力”に起因する素粒子は、粒子を形状記憶合金のように並べてしまう作用があるんです。

 最初の閃光で、地球はじめ、内惑星空間は、すべて形状記憶合金になってしまったんです。

 例の星はだんだん小さくなってきて、穴から出る素粒子ビームの太さは十万キロ程度に細くなった。ところが、穴の位置からして、都合の悪いことに、ちょうど最初の閃光時の地球があった位置に、そのビームが当たってしまう。

 星の自転周期は十時間。一回転するたびに、ビームが当たり、空間は”記憶”している閃光時の状態になります。その時、その空間には、地球があった。

 そして、形状記憶作用で、地球が出現するわけです。

 その地球が公転し、十時間ほどたって、百万キロほど進んだ時、またビームがさっきの空間にあたり、地球が出現する。また地球たちが公転して、十時間後にまたビームでもう一つの地球が現われる……」

「するとどうなる」

「後から後から出現する地球自身の引力で、地球が引っ張られ、公転スピードが落ちて、その分、太陽に引きつけられます。

 ということは。

 いずれ、地球の列は、太陽に落下していきます」

 次から次へ、十時間ごとに太陽に落下していく地球の姿。うう、想像したくないなぁ。

「いつまで続くんだ、地球の出現は」

「止まる理由が三つ考えられます。一つ。ビームを放出する第九惑星の自転の微妙な変化で、ビームがそれる。二つ。穴が自然にふさがる。三つ。素粒子を放出しつくして、地球を生み出せないほど弱ってポシャる。

 三つとも、観測データからして、数年は起こりえません」

 悲鳴。ため息。うなり声。

「我々や、優秀な人材だけ集めて、宇宙船で脱出したらどうだ」

 と、ロシア大統領。

「どこへです」と、アメリカ大統領。

「ううむ。……十時間後の地球へ、次から次へ渡るとか」

「むこうの我々も同じことをするでしょうね。同じ人間がどんどん残っていく。大統領が何十人、何百人と増えて、太陽に落ちる地球の数だけ我々が増えていく。そんなことしてなにになるでしょうか」

「……志熊博士。何か方法はないのですか」

 博士はすらすらと数式やら図面を書いて、科学者の代表に渡す。難解な数式にしばらくとっくみあい。そして図面と照らし合わせて、顔が真っ青になる。

「何かね。それは」

「兵器です。”タキオン砲”を作るための理論式」

 と科学者。

「……それであの第九惑星を破壊できるのか」

「無理です。せいぜい、一回に、地球くらいの星を消してしまう程度の……」

 沈黙。みんなが、その言葉の意味することに気づいたんだ。

 そう。一番新しい地球を残して、他の地球を片っ端から消滅してしまえば、それでどうにかなる。

「わかっていらっしゃるでしょうが、判断は一刻を争います。議決をお願いいたします」

 全地球に大急ぎでこれを作らせて、次に現れた地球に最初の地球のぼくらが、真っ先に標的にあうわけだ。地球もろとも、ぼくらは消滅。

 しかし……


   ★    ★    ★    ★    ★


「間もなくですな」

 各地球が、全地球挙げての突貫作業で、半年という短い年月で完成。

 八百メートルはあろうかという、巨大な砲身。

 ついに”タキオン砲”が完成するのですよ。

 アメリカ大統領はじめ、何か国かの首脳が集まっている。

「ロシア大統領からお電話です」

「うむ」

 祝辞か。むなしい。自分たちが生き残るために、自分たちを殺すなんて。

 ところが、受話器をとると。

『さようなら、大統領。実は、むこうの”地球”で、大統領に就任することが決まってな。十時間後のわしも、二十時間後の大統領に。順次ずれていくわけだ。数時間後をお楽しみに』

 それと同時に。四方から銃声。

「ロシアの諜報機関らしいぞ」

 爆音。悲鳴。断末魔の声。

「た、大変です。”タキオン砲”のコントロールパネルが破壊されました」

「ロシアから、ミサイルが無数に飛んできます。目標はどうやら、ここ」

「ロシアから、ロケットが打ち上げられました。大統領が逃げだしたらしい、と。……ぎゃぁああ」

 銃弾。

 アメリカ大統領、苦虫をかみつぶす。

「ロシアめ。裏切ったな。

 数時間後をお楽しみに、だと。十時間後の地球もタキオン砲を完成させているから、乗っ取って、こっちを消滅させる気だな。

 おい。至急、”二十時間後”と”三十時間後の地球”のわしに連絡をとれ。三つの地球で、”十時間後の地球”を総攻撃だ。先にタキオン砲を乗っ取られてなるものか。なにかあるかもと、事前に根回しはしてある」

『地球間大戦争』の始まりだった。


    ★    ★    ★    ★    ★


「ふう。終わった」

 さらに一年後。博士は、ほうっと息をついた。

 まったくもう。大戦争の最中に、この人ときたら、この現象のデータ集めに奔走してるんだから。

 でも、このようすだと、すべて集め終わり、データを体系づけて、理論も、完成したらしいな。めずらしく、気の抜けた表情。

 博士、全部の資料を収めたハードディスクをぼくに渡し、

「これを庭のロケットに積み込め。

 それと、全地球のタキオン砲の合計台数は」

「えと。今朝の新聞で、二日以内に使用可能なやつが、九百六十七台とか。なんたって、守る方も必死ですから、割と多いです」

「ふ。ぴったりだ。

 その全世界に連絡を取り、すべての砲身を第九番惑星に向けろ」

「あっ」

 そうか。一台じゃムリでも、たくさん集めれば、あの星を消せるんだ。

 二日後の夜。夜空の端から端まで、ずらりと地球が並んでいる。

「準備完了、あと一分でいっせいに発射です」

「庭のロケット、発射させたか」

「はい。でも、あれ、今までのデータと理論結果でしょ。手放すんですか。それに、どこに送るんですか。例の素粒子の影響を受けないロケットらしいけど、なんのために。

 それに、あの星、消すとき、素粒子は出ないんですか」

「出る。すべてが最初の閃光時に戻る。太陽系内空間も」

 その時。すでに金星起動まで落ちていたこの地球を始め、すべてのタキオン砲がいっせいに火を噴き、星は消えた。

 素粒子が太陽系に降り注ぎ、地球は、すべて消え、最後のひとつが出現した。



 夕方五時頃。

 近くのコンビニに寄った帰り道。ぐっすり眠ってた背中の相棒のメス猿がむくっと起き上がって、

「キッ。キキー。キキャキャキャ」

 騒ぎ出した。どうしたんだろう、いきなり。と、

 突然。

 閃光があたりを包んだ!

 なんだ、この光は。身体が動かない。やがて、閃光はすうっと引いていく。

 光が完全に去った後、再び身体が自由になった。いったい、何だったんだ、今のは。相棒は、今のを予感して起きて騒ぎ出したのか。

 と、空からなにかがが降りてきた。わけわからん閃光のあとは、流星か。いや、ロケットだ。高速で降りてきて、みるみるうちに目の前に着地した。なんだろう。

 ん。何か書いてあるぞ。

『From Dr.シグマ To Dr.シグマ」

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ラプソディー・イン・メタル 白河久明 @Shirakawa-Hisaaki

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