ネジ

彗 沙一

『ネジ』

 



 ハロー、ぼくはネジ。名前じゃない。ネジそのものだ。

 回ったり伸び縮みしたりするような機械の中に、ぼくはいる。たった一つの部品をこの機械に繋ぎ止めておくための、無数のネジたち。そのうちの一人だ。


 ぼくが背中を預けたこの機械がどんなものなのか、正直なところぼくはよく知らない。分かっているのは、血液のそれとも似た金属の匂いがすることと、毎日毎日飽きもせず同じように動いていることくらいだ。今日だって、昨日とおんなじだ。


 だけど、ちょっぴりいつもと違うことが起こった。この機械が、別の機械とくっつくことが決まったらしいのだ。その知らせを聞いて、ぼくの周りの部品さんたちやネジ友たちが、ざわついていた。

 ぼくには大して関係のないことだと思うけど、新しいネジ友ができるのは嬉しい。どんな奴らが来るんだろうかと、ぼくは胸を躍らせた。なんなら、楽しみで小躍りした。そしたらその振動で、ぼくは緩んで、落っこってしまった。


 ぽてっ。

 床に転がったぼくは、遠く離れてしまった機械を見上げる。

 しまった、部品に穴を開けてしまった。ぼくの大事な役目なのに。急いで帰らないと。急がないと。


 どんなに身をよじっても、うまく動けなかった。ひとりで立ち上がるのがこんなに難しいだなんて、思いもしなかった。


「だれかー! たすけて! 手伝っておくれよ! ぼくはあの穴に戻って、役目をまっとうしなくちゃいけないんだ!」


 大声をあげてみた。だけど、誰一人として、ぼくを助けてはくれなかった。ネジ友たちは、ぼくに憐憫の目を向けるだけで、ここまで降りてきてくれはしなかった。


 その時だ。

 大男がやってきた。ぼくは彼を知っていた。彼はすごい人なのだ。とっても偉い人だ。

 ぼくたちネジより、部品さんたちの方が偉い。そして部品さんたちの中にも、上下関係は存在している。あの大男は、どんな部品さんたちよりも偉い人だ。つまるところ彼は、ぼくらみんなで動かしている機械の、持ち主なのだ。


「すみませーん! 助けてください! ぼくったら気が抜けて、落っこちてしまったんです! どうかその手でひょいと持ち上げて、ぼくを元の穴にねじこんでください!」


 大男がぼくに気がついた。良かった、これで帰れる。

 大男はぼくと、空洞になった穴を交互に見つめて、「うん」と頷いた。それからぼくをひょいと摘み上げると、指先で弾き飛ばした。


「え!?」


 遠ざかっていく大男と機械を見つめる。

 最後に見えたのは、大男がポケットからピカピカの綺麗なネジを取り出して、ぼくが埋まっていた穴にねじ込む姿だった。


 こうしてぼくは、あの機械の中にはいられなくなってしまった。


 後で聞いた話だけど、ぼくがいたあの機械は、より大きな機械と合併して、新しい名前がついたらしい。その際、ぼく以外にも、たくさんのネジや部品さんたちが取り外されて、どこかへ捨てられてしまったようだった。


 

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ネジ 彗 沙一 @saichi

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