第42話

 「……ハク!?」


ふと視界の中に入ったのは、こちらに向かってくる空の色には溶けないほど真っ白い獣だった。

それと、もうひとつ

胸がザワザワする気配が近付いてくる。


煙と火薬の臭いが一気に消えて、一面の花畑にいるような華やかな香りがふわっと溢れたかと思えば、その場にいた大芽と祈がバタンと音を立てて床に倒れ込む。

慌ててセキを呼んだが、返事はするものの何故か影の中から出て来てくれなかった。

目の前に降り立った獣の背から、トンと跳ねて笑顔を浮かべる少女の姿に釘付けになって、言葉を失う。

口元に当てた左手には、どこかで見覚えのある金の指輪がキラキラと光っている。

獣が思った通りのヒトのカタチに変わる。

やっぱりハクだった。


「要様、無断でお側を離れて申し訳ありません。…大事ありませんか?」


「……あ、うん…。セキがいたから…。」


やっと出た言葉はそれだけ。


「アオイもこちらにおります。」


返ってきた言葉も相変わらず尋ねたい事とは全く違う的外れな言葉でおかしくなる。

でも、心の底からホッとする。

いつの間にか側にいてくれるのが当たり前だったから。

目線が離せなかった少女も、さらに微笑みを浮かべる。

その顔はどこか、見覚えがある。


そうだ……


「……花恋…?いや…母さん…?」


呟くように言葉にした小さな声を不思議そうにして小首を傾げ、だけど少女はゆったりとこちらへ歩み寄ってくる。


「……覚えて、いない?」


ひらりひらりと少女の長い黒髪が灰色の空を泳ぐ。

1歩、また1歩と引きたかったのに、身体が全く動かず、ついには少女の腕にになす術なく包まれる。

柔らかくて、とてもあたたかい。

この手も知らないはずなのに懐かしい。


いや、知っているんだ。


きっと、知っている。


至近距離で目と目が合ってもう戻れない。

胸が痛くて苦しくなる。

そのまま迫ってくる桃色のプルプルした唇を求めるように目を瞑った。


だけど重なることはなかった。


パンっとなにかが弾けた嫌な音がして、目を開けると自身はハクに、少女はアオイに護られるように床に伏せていた。


顔を上げるとセキが怒りの感情を露わにして、誰かを鋭く睨んでいる。

向こうにいるのはさっきまで床に転がっていたはずの


「……大芽さん!?」


手には拳銃が握られ、目にしてすぐにわかるほどガタガタと震えながらも、しっかりこちらに銃口が向いている。


「……なんで…どうして、」


「……すまん、やっぱり…終わらせたく、ないんだ。」





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