第41話
自分の名前を何度も優しく呼ぶ、とてつもなく懐かしい声がふたつ。
そんなに遠くないはずなのに、名前を呼ばれていたのが、もうずっとずっと昔のことだったような気がする。
産まれたての小さな小さな自分を、優しく包み抱き上げる大きな腕。
そのすぐ隣にいる髪の長い女性が、腕の中の自分を覗き込む。
ぼんやりとしか見えないが、どちらの表情も笑みを浮かべ幸せに満ちているのは確かだ。
「……このまま、ヒトのまま……」
「……神様なんて、このセカイにいなくていい。」
「目醒めるコトはない?」
「そうだ、ずっと要は要だ。」
「
手を伸ばした先にいるのは、アルバムの写真でしか見たことがなかった、まだ幼い姉だ。
「記憶に蓋を……。」
「そうだ、蓋を。神なんていらない。」
……そんなことをしたら……
そんなことをしたって…
「……人類は永遠に。」
短い手を伸ばしても伸ばしても、届くことはない。
声を上げようとしても、喉からそれが出ない。
そうか……そうだ。
過去は変えられないんだ。
---
焦げ臭くて熱い風に、生臭い血のにおいが、ほのかに混ざっている。
苦しくなってひどく咽せて、それで無理矢理、現実に引き戻される。
冷たくてカタイコンクリートの床から身体を起こすと、さっきまで居た場所が眼下にあって、すっかり炎の海になってしまっている。
目を逸らすように顔を上げると、今にも泣き出しそうな空が近い。
背後にヒトの気配を感じて、急いで視線を変える。
「……お寝坊神様、起きたかー?」
「……大芽さ……、」
途中でまた咽せて、言葉が途切れる。
優しい手が背中を摩ってくれている感覚があって、すぐに影の中にセキの気配を見つける。
この手の感覚も似ているけれど、あの時自分を包んだ懐かしい感覚は違う。
……誰だったんだろう?
それとも痛みで夢と現実が区別できなくなっていて、あれは夢の中での感覚だったのだろうか?
「さすがに、あそこまで、やられたら頑丈な神様も無理だったか?」
「……いや、全然大丈夫だけど。ただ、空気が悪いだけ…。」
「そうか、確かにな。」
「ねぇ、大芽さん、ここが何処なのか心当たりがあるんだよね?」
「ああ、確証はないが……。」
「確証がなくてもいい、教えてほしい!」
また背後から別の気配が近付いて来るが、これには何故か視線を向けたくなかった。
「確証のない事を、今の神君に伝えてどうする?」
「じゃあ、確証を持っているお嬢さんが話すか?……そいつは知りたがってるんだ、全部教えてやればいいだろう?」
よほど都合が悪かったのだろう。
姉は…姉だった祈は、それ以上口を開かず黙ってしまう。
耳を劈く砲声だけが響いて痛い。
仕方なく視線を向け、ヨロヨロと立ち上がって歩み寄る。
拒否はされなかった。
だけど、すぐに地面に膝をついて深く頭を下げるから決して目線を合わせてはくれない。
見下ろして、悲しくなる。
…わかってしまった気がしたから。
だから目線を上げて空に向ける。
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