第40話


こんなの……


見たかった空じゃない。

キラキラした太陽の光も煙で見えやしない。

ホンモノの緑なんて、どこにもなくて、ただ何もかもを無情に焼き尽くす炎の熱が、自身のカラダを熱らせている。


「……花恋、そろそろ……。」


自由なんてなかった。

地上にも幸せなんてなかった。

また会いたかった、それも……

こんなことでしか叶わない。

あの時、どうして…


アナタは…


私を終わりにしてくれなかったの?


「花恋、急いで。」


「……すみません白瀬隊長、今、行きます。」


こんな所に置いて行かれても、右も左もわからないし、戻る場所はもうない。

自分で捨てて来たのだから。


会いたい一心だったのに。


座るようにと促された椅子に大人しく腰掛ける。

顔を上げるように指示され、その通りにすると、抵抗する間もなく首筋の血管にに太い針を刺され、そこから赤い赤い液体が花恋の中へと流し込まれる。 


「……いっ……。」


この痛みにも、随分と慣れたはずなのに

ずっと、ずっと心が痛い。


「花恋、少しだけ咲かせてみて?」


膝の上で手のひらをパッと広げると、そこから、するりと蔦が伸びる。


「……もういいわ、花恋。これでまた、戦える。すぐに戦場に出てちょうだい。」


「……はい。」


下を向いたまま、いつもより低い声で返事をすると、ポンポンと頭を撫でられる。


「貴女以外に、この力に耐えられる者はいなかった。適任者に選ばれるのは、とても栄誉なことなのよ?」


…嬉しくない。


嬉しくなんか……


差し伸べてくれた手は優しさを装っているだけで血に塗れている。

騙されて馬鹿みたい。


「もう勝手にどこか行ったりしないのよ?」


「……はい、すみません。」


立ち上がるとフラフラするが、足に力を入れてぐっと堪える。

吐きそうなくらい気持ち悪い感覚に襲われるが、いつもうまく隠している。


私も人を辞める寸前なんだ。


あなたの行き着く先は神でも

私は人を辞めたら何になるんだろう…。


僅かに煙と雲間から微笑んだ霞んだ太陽を、見上げ、目を閉じる。

風向きが多少邪魔をしているが、今の状態ならば、感覚を研ぎ澄ませば、欲しい情報のだいたいは手に入る。


神のいない世界こそが、人類にとっての本当の自由で、平和で幸せな世界。


本当に?


「……か、な、め…?」


微かに、だけど確実に……。


だから今度こそは。


「花恋、さっき約束したばかりよ?」


「……すみません。」


白瀬の手を借りて、自分の背丈よりも遥かに高さのある装甲車に乗り込む。

中には女の兵士ばかりが数人。

歳は様々ではあるが、全員が歳上なのは確かだ。

共にこれに乗ってしばらく移動しているから、何度も顔を合わせてはいるが、声を掛け合った事は一切なく、素性も名前すら知らない。

皆、銃を構え、常に何かに怯えている。


…可哀想。


生きる道がこれしかない。


こうしなければこの世界では生きられない。


だからこそ


オワリへ向かわなければならないんだ。


そうでなければ……。


車輪は街やヒトだった残骸の上を虚しく踏み潰し、ガタガタと左右前後に大きく車体を揺らしながら、荒々しい戦火の中をひたすらに進んで行く。


これ以上は後悔したくない。


だから……




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