#31 魔王の一閃
ここまでの戦闘で、帝国軍にも若干の負傷者が出ている。
ただし死者はおらず、ハンターリリィに至っては全員まったく無傷で健在だった。
このとき平原に出現した魔物の平均レベルはLV10前後。一方、帝国軍は、ハンターリリィを除く平均でLV11から12程度。
ハンターリリィのみ突出した高レベルを誇っており、全員がLV17以上。指揮官たるエカはLV20に達していた。
LV20以上というのは、この世界の人類全体において、ごく一握りの強者のみが到達しうる「英雄」の境地である。
ともあれ、帝国軍は、もともと個々の能力では魔物を圧倒している。被害も誤差の範囲であり、追撃戦を継続するに支障はない。
エカは、ハンターリリィを軸とし、他部隊からも軽捷な騎兵のみを抽出して、逃げゆく魔物の群れをひたすらに追い続けた。
魔物らの向かう北方、平原の彼方には、エカの本来の目的地、リリザ村がある。
なかなか追いつけぬ魔物らの背を睨みつつ、エカは、つい先刻聞いた、イグネオ・ラストールの警告を思い出していた。
――現地住民を傷付けてはなりません。それはヤタロー様のお怒りに触れることになります。
このまま魔物の群れがリリザ村になだれ込めば、もとより無力な村落の民、多数の死傷者が出ることは想像に難くなかった。
もしヤタローが、本当にラストールの供述したような人物であり、なおかつ、いまだリリザ村やその周辺に逗留しているなら、この現状をただ拱手して眺めているとも思われない。
魔物を迎撃せんと、姿を現す可能性がある。
――あるいは、追撃の手を緩め、ヤタローの出現を待つべきか?
(……いや、それはいかん。我らは我らで、魔物の被害を抑えるべく全力を尽くさねば――それこそハンターリリィの通すべき筋というものだ。ヤタローは関係ない)
自問自答のすえ、エカは、自らを叱咤するように、馬の尻にぴしりと鞭を入れて、いよいよ追撃を急がせた。
……神ならぬ身なれば、この時点で、ヤタローがまるで逆の方角、バッフェンの森にとどまっていることなど、エカには知る由もない。
一方、リリザ村の門前において――先刻来、じっと状況を見守り続けている、小さな人影があった。
いままさに、数にして四百体近い魔物の群れが、リリザ村へ殺到しかけている。
小さな人影は、おもむろに、両手をぱっと空へかざした。
「ですとらくしょん・ぐれあー!」
幼くも凛々たる声が、一帯へ響き渡る。
(なんだ? いまのは)
馬上、エカの耳にも、その声は届いていた。
そのエカの視界の彼方にて。
突如。
一閃、空より蒼い電光が降ってきて、魔物の群れの頭上に落ちかかり、炸裂した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
熟睡して、目覚めたときには夕方になっていた。
ここはバッフェンの森――有名なバッフェンの賊の営舎、その一室。
ヤタローは、昨夜来の激戦による消耗著しかったが、地下からの帰還後、なお休むことなく今後の大まかな行動指針を示し、ギザン、ビング、ラーガラらに具体的な指図を与えた。
そこまでやり終えてようやく、早朝、ヤタローは営舎の空室のベッドで眠りについたのである。
万一の変事に備え、機械人少女ボルが護衛としてヤタローに寄り添い、その寝顔を見守っていた――。
「ますたー。お目覚めですか」
ヤタローが目を開けるや、いきなり間近にボルの顔があった。
「ボル。近すぎますよ」
「ますたーの健康状態をチェック中です」
「そうですか……」
ヤタローは、なお身を横たえたまま、自身の状態をあらためた。
半日以上眠っていたらしい。体力、精神力ともに最大値まで回復していた。
かなり強い空腹感があるが、体調は良好であり、とくに問題はないようだった。
ついでに、眠っている間の出来事についても、把握しておかねばならない――眠りにつく前、ギザンには救出した奴隷たちの世話を頼み、ビングにはカタルシス92Fで改心済みの賊の構成員らを営舎に隔離しておくように依頼している。
ラーガラには、砦の周辺の巡回警備を指示していた。
ヤタローは、視界内のアイコンを通してシステムログを呼び出し、参照した。
『ラーガラ(PLV110)がコボルド(LV8)を討伐しました』
『8EXPを獲得しました』
『ラーガラ(PLV110)がコボルド(LV11)を討伐しました』
『11EXPを獲得しました』
『ラーガラ(PLV110)がゴブリン(LV7)を討伐しました』
『7EXPを獲得しました』
およそ八時間ほど前に、このようなログが残っている。おそらく、ラーガラが砦の外に出て、フィールドモンスター……現在は魔物と呼称される敵性体と遭遇したのであろう。
さらに数匹、同じようなモンスターを討伐した後――。
『ラーガラ(PLV110)がスキル:LV10威圧を使用しました』
(途中で面倒になったんだろうな。これは)
スキル「威圧」は、レベル30以下のモンスターを一定範囲内から外へ追い出す効果を持つ、パートナー専用スキルである。ことにラーガラの「LV10威圧」は、術者が位置するフィールド全域に効果が及ぶ。
このログからすると、バッフェンの森全体に「威圧」が掛かり、対象モンスターを森の外へ叩き出したようである。わざわざ一匹ずつ討伐するより、そうするほうが手っ取り早いとラーガラは判断したのだろう。
(当面、森の中は安全になったということか)
もとよりフィールドモンスター程度、ヤタローにとっては脅威ともいえないが、ここには元奴隷たちのような一般人も多く、元盗賊たちも、腕の立つ者はごく一部。
それらの人々の安全確保という意味で、付近の敵性存在を早々に追い払ったラーガラの判断は正しい、とヤタローは感じた。
(これで今後は、誰でもある程度、森の中を自由に移動できるようになるはず。とすれば――)
などと算段をめぐらせているところへ、突如、システムログが更新され、別ウィンドウが開いて、最新の文字列がヤタローの視界に飛び込んできた。
『ユル(PLV105)がスキル:デストラクション・グレアーを使用しました』
続いて。
『ユル(PLV105)がオーク(LV10)を討伐しました』
『10EXPを獲得しました』
以後、同様の討伐ログが、凄まじい速度で上から下へ、ざざざっと流れてゆく。
「えぇ?」
ヤタローは、つい奇声をあげて、ベッドから跳ね起きていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デストラクション・グレアーは、魔術師ソーサラー系最上位職、フォースマスター専用の無属性攻撃魔法スキルである。修得条件はプレイヤーレベル100以上、職業レベル50に到達すること。
「ルミエル」においてプレイヤーが使用可能な攻撃魔法スキルとしては、最高の威力と攻撃範囲を誇る。
そのグレアーを、どこかで放った者がいる。
ヤタローには見慣れぬ名前のパートナーが。
「ユル……?」
その名で思い当たるのは、つい一昨日、リリザ村で出会った幼い女の子。
「あの子がっ?」
ヤタローは、急いでパートナーコマンドを参照した。
召喚中パートナーの一覧ウィンドウ内に、当たり前のように、その名があった。
『ユル:人間・LV105』
『職業:魔王(LV100)』
『状態:召喚中(信頼度65535)』
なぜ、今の今まで気付かなかったのか――ヤタローにはまるで見覚えの無いデータが並んでいる。
(どうなってる?)
ゲームでは、プレイヤーと人間のNPCがパートナー契約を結ぶ話は、例がない。
そもそも、ユルと、いつそんな契約を結んだのか――。
(……あの時か!)
ヤタローが思い返したのは、リリザ村でユルと出会った直後のこと。
彼女の懇願をヤタローが聞き届けた、その瞬間。
小さな封筒型アイコンが視界の端に出現し、すぐさま消えた。
ボルやグローズがインベントリーに飛び込んできた時と同じ現象を、ヤタローは目にしていたのである。
――どうやら、あの時点で既に、ユルはヤタローのパートナーと化してしまっていたらしい。詳しい理屈はさっぱりわからないが。
(それに、ステータスもおかしい。なんなんだ、これは)
種族が人間のまま、上位転生も経ずに、これほど高いレベルに到達することは、プレイヤーには不可能である。ユルは、おそらくパートナー化したことで、レベルキャップがパートナー基準での最大値に変わったものと推測できる。
各能力値は三大明王やボルに匹敵し、保有スキルに至ってはさらに凶悪なものが揃っている。
ことに、プレイヤー用の三系統の魔法スキルが、すべて修得済みとなっていた。グレアーもそのひとつ。プレイヤーには絶対に不可能な状態である。
(魔王……たしかに、ゲームにも出てきたが)
「ルミエル」のメインストーリー序盤、プレイヤーの前に立ちはだかるボスキャラクターの一人が「魔王ミリア」という。他に魔王を名乗るキャラクターはゲーム中に存在していない。
魔王とはいうものの、ミリアは、とくにモンスターなどを従えているわけではない。ゲーム内のあらゆる魔法スキルを無尽蔵に使いこなす「魔族の女王」であり、物理攻撃に絶対耐性を持つため、剣や弓、銃などの攻撃は一切通らない。
魔法耐性も非常に高いが、唯一、光属性魔法への耐性のみ極度に低く、魔術師系職業でなくとも、課金スキル「ライトニング」を購入して装備、使用すれば、誰でもあっさり打ち倒すことが可能。
ようするに、初心者プレイヤーに課金を促すことを目的としたイベントである。
敵として出現する際には暗黒のオーラをまとっており、巨大な影のような姿をしているが、正体は、暗黒の魔力をその身に宿す、小さな魔族の女の子であった――。
魔王ミリアは、登場が序盤ということもあり、キャラクターLV35、職業LV25という、フィールドモンスターより少し強い程度のエリアボスという扱いだった。
彼女は魔族の故郷を、とある悪の勢力から守りたい一心で闇の魔力を操っていたにすぎず、プレイヤーの光魔法で打ち倒された後は、互いの事情を語って誤解を解消し、自律NPCとして、一時的にプレイヤーとパーティーを組み、故郷を守り抜く。
その後はメインストーリーに登場することもなく、最後まで、故郷で元気に魔王をやっている……。
(ユルは第二の魔王……ということか? しかし、これは)
ゲーム内に登場する魔王とは、人型NPC種族のひとつ「魔族」の王という意味であった。
ユルの種族は人間であり、その職業が魔王というのは、根本的におかしい。さらに職業レベルは最高で50と決まっており、職業LV100というのは絶対にありえない数字だった。
とどめに、信頼度65535という数値。
パートナー信頼度の最大値は255である。ボルやラーガラも、その数値でカウンターストップしていた。
(……バグだ、これ)
ヤタローは、深々とため息をついた。
システム、ことにデータアドレス周りに、バグが発生している可能性が高い。
もっとも、それがわかったところで、ヤタローにはどうしようもない。
パートナーコマンドによる遠隔通話も試みたが、ユルには通じないようだった。これもバグによる影響なのかもしれない。
他にも気になることがある。
ユルがいきなり最上位魔法であるグレアーを放った理由。それによって膨大なモンスターが討伐されている、その状況。
リリザ村か、その周辺に、何らかの変事が生じているとみて間違いない。
急ぎ、リリザ村へ戻る必要がある、とヤタローは感じた。
村とユルの現状を確認し、今後のことについても話し合わねばならないだろう。ユルの両親にも、事情を説明する必要がありそうだった。
さいわい、バッフェンの賊の討伐や奴隷の救出といった、当面の課題はほぼ片付いている。
しかしバッフェンの森からリリザ村まで、馬車で半日以上はかかる道のり。
「ますたー。どうなさいましたか?」
ボルが、傍らに佇み、じっとヤタローの様子を見守っている。
その顔を眺めて、ふと、ヤタローは思いついた。
「ボル。きみの移動速度はどの程度ですか?」
唐突な質問だったが、ボルは動じなかった。
「人型形態では、最大で時速六十キロ程度。戦闘形態であれば、ホバー移動により、巡航速度は時速百五十キロ前後。最大速度は時速二百五十キロになります。最大航続距離は、八百キロです」
人型で走るなら、馬車より少し速いぐらい。しかし変形すれば、その三倍近い速度で移動できるという。
「では、変形した状態で、自分を乗せて移動することはできますか?」
「問題ありません。専用の座席を設けることも可能です」
「なるほど。では後で、自分をリリザ村まで運んでください。場所はわかりますか」
「リリザ村……地形図を参照。確認しました。問題ありません」
ボルは淡々と請け負った。
(急ごう……出る前に、ラーガラやギザンさんたちに、指示を残しておかないと)
ヤタローはベッドを飛び降りた。
目的地は、リリザ村。
ボルに乗って急行すれば、一時間そこらで到達可能であろう――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
死生命アリ、ガチャ結果天ニアリ。(LV37ファーマー)
ルミエル・クロス・オンライン いかま @IKAMA
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