たまたま、刑事が

結騎 了

#365日ショートショート 317

「こんな都合の良いことがあるか。馬鹿馬鹿しい!」

 男は大いに酔っていた。激務に追われ、やっと辿り着いた休息日。昼間から酒を胃に流し込み、机上に空き缶の山を築き、気づけば亥の刻……。

 なんとなく点けていたテレビでは、刑事ドラマが進行していた。今しがた、眼鏡をかけた切れ者の刑事が、遂に容疑者の足取りを掴んだのである。

「結局はご都合主義だよなぁ」。男はぬるくなったビールを引っかけながら、赤ら顔で毒づいた。

「事件の関係者がたまたま財布を落として、それがたまたま防犯カメラに映っていて、その中にたまたま免許証が入っていて、容疑者に辿り着くなんて。あまりに都合が良すぎる。偶然に頼りすぎだよ、こんなの」

 けっ、面白くない、とばかりに、空になったアルミに力を込める。めきっ、めきっ。めきっ。

「あなた、それは本心で仰っているのですか」

 めきっ、めきっ。

「えっ、なんだって」

 めきめきっ。

「あなたですよ。全く、ここにきてとぼけるとは。白々しいことこの上ないですねぇ」

 間違えようがなかった。。思わず、缶を握る手が止まる。あまりに飲みすぎたか。これは幻覚だろうか。

「よろしいですか」。刑事は真っ直ぐに男の目を見る。それは刺すような視線だった。「あなたが仰る偶然頼りという事象。それは、ドラマという枠組みを考えれば仕方のないことかもしれません。週に一度、60分の放送。いえ、コマーシャルを勘案すると実際は50分程度でしょうか。その枠組みの中で、事件発生から捜査、そして解決までを見せなければならない。その都合は分かります。ただし、あなたに欠けているのはその先。まさに想像力の欠如、と言わざるを得ませんねぇ」

 まくし立てられ、男はあんぐりと口を開けるしかなかった。

「ドラマとして採択されているシーンは、我々の捜査のほんの一部です。つまるところ、ダイジェストなのですよ。視聴者が退屈しないよう、重要なシーンだけを切り貼りして作っているのです。ええ、先ほどの財布の件ですがね。あれに辿り着くまでに監視カメラの視聴を約120件、現場周辺の捜索に鑑識が36名の動員、僕も3日はろくに寝ていません。免許証も最初は財布に入っていませんでしたから、その中にあったレシートから関係者の足取りを追い、アパートを9件も空振り、そうしてやっと部屋に保管してあった免許証を発見したのです。ただし、それをそのまま順を追って見たい視聴者はいないでしょう。退屈ですからねぇ。ええ、もちろん、分かっています。だから編集がなされるのです」

 刑事の弁は止まらない。湯水の如く、時にはあえて回りくどく、口撃が続いていく。

「それをまぁ、言うに事欠いてあなたは。偶然に頼りすぎている、ご都合主義だと。ああ、嘆かわしい。あなたの想像力の無さには本当に驚きますよ。そのようなリテラシーで刑事ドラマを見ていたとは、あまりに……。ああ、いえ。少々、言葉が過ぎましたかね」

 酒の肴に並べていたチーズは、すっかり乾いていた。刑事は、人差し指を男に向かって突きつける。

「よろしいですか。今後、不穏当な発言はくれぐれも慎むように。分かりましたね」

「は、はい……」

 そう、答えるしかなかった。やがて刑事は満足げに目を逸らし、携帯を取り出しパートナーの刑事に電話をかけた。どうやら、ようだ。

 数分、ぽかんとした後に。男はまだ酔いが足りていないと、ワインのボトルを持ち出した。

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