8.

「やー終わったね」


 肩の荷がおりたかのように晴れ晴れとした顔でそう言う。

 Jは金庫から何かを取り出して家を出た。

 それは薄い紙に包まれた小さな物だった。

 中が何か知りたいとは思わないが、やはり気になる。


「J」


 俺が声をかけると立ち止まった。


「約束です。抗ウイルス剤の場所を教えてください」

「……」


 Jは俺を見つめて。

 口を耳元に寄せた。


「アレは嘘」

「え?」

「だから最初からウイルスなんて打ってないの。あれは単なるビタミン剤。ま、ちょっと健康になるくらいかな」


 俺は思わずその場に崩れ落ちてしまった。

 なんだよ。

 なに言ってるんだこいつは。

 じゃあ今までのは一体……。


「でもね。君の体の中にウイルスは存在する」


 俺は顔を上げてJの顔を見た。

 Jは笑っていなかった。


「十二年前。あるパーティー会場でウイルステロが起きた。その特殊なウイルスによって数年以内に半数以上の人間が死亡。その時十五歳未満の子どもだった人間数名のみが今も生き残っている。そしてその数名はウイルスに抗体を持っていると推測される」


 Jは俺の頭に軽く手を置いた。


「君がその一人だ、タクトくん」


 俺は呆然とする。


「まあいろいろあってね。僕はそのことを知って君に興味を持ったんだよ」


 Jは俺に手を差し出した。


「だからさ。僕といっしょに来ない?タクトくん」


 俺は顔を上げる。

 今度は笑っている。


「これからいろんな研究機関が君を実験しにくるかもしれない。そのときセーフハウスくらいは用意できるよ?」

「……なんで俺にそんな話を」

「君が気に入ったから」


 恥ずかしげもなく当然のようにJは言った。


「それ以外に特に理由はなし」


 俺は眼鏡に手をかけた。


「ハハ。……困ったな」


 本当に困った。

 俺はこれからどうなってしまうのだろう。

 そんな真実、知らなかったほうがいいのかもしれなかった。

 でも、知ってしまったなら。


「これからよろしくお願いします」


 俺はその手を握り返していた。


「うん。こちらこそよろしく」


 そういえば悪魔は元天使の悪魔もいるんだっけ。

 そんなことを唐突に考えた。

 悪魔の取引を俺はしてしまったのかもしれない。

 それでも後悔は不思議としていなかった。

 この天使の皮をかぶった……、天使のような悪魔である美しい男とこれからともに歩くなら悪くないかもしれない。

 そんなふうに思ってしまったから。



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ヒューマンエラー 錦木 @book2017

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