7.

「あんた何考えてるんですか」


 俺はため息をつく。


「あのまま殴られていたらどうするつもりだったんですか」

「それはないから大丈夫」


 俺の先を歩きながら、Jはすました顔で言う。

 その自信はどこからくるのか。


「それより」


 くるりとJは振り返った。


「タクトくんが前に出てくれたことには驚いたね」

「だって俺のほうが背が高いですし。あのまま二人で殴られてたら終わりでしょう」

「それで僕を逃がしてくれようとしていた?」


 俺はうつむく。

 すると、Jは声をたてて笑った。


「そんなことしてくれなくていいのに」


 初めて会ったときも思ったが平凡な自分とは違って顔が整っている。

 人並みな意見だがファッション雑誌の表紙か広告から飛び出してきたモデルのようだ。

 その顔に傷がつくのを見たくなかった、と言えばJはさらに笑う気がしたから言わなかった。


「とにかくこれから……」


 そうJが言いかけたときだった。

 ドサッと何か重いものが倒れたような音がした。


「なんだ今の……」

「家の中から聞こえたね」


 そう言うとJはさっさと歩き始めた。

 止める間もない。

 俺は慌ててその背を追いかけた。



「死んでるね」


 あっさりとJがそう言う。

 その通りだ。

 目の前には、先ほど会ったばかりの丸井氏の死体が倒れていた。

 首から吹き出した血。

 かっと見開かれた目が虚空を見つめたまま止まっている。


「これは切り傷だね。凶器はナイフかな?」


 膝をついて見ながらJは言った。


「……」

「タクトくんどうかした?」

「いえ、あの。少し気分が悪くて」


 そうじゃないかとは思ったが、Jが死体を見慣れていることを当たり前のごとく納得してしまうことで自分の感覚が麻痺まひしていると思う。


「ああ。死体を見るのは初めて?」

「こんな生々しいのは……」

「死にたてってことか」


 Jは俺の肩を叩く。


「大丈夫。動かないし喋らない事実は変わらないよ」


 そういう問題じゃないんだが。


「それより……。誰に殺されたんだろうね?」


 当然行き着くのはその疑問だ。

 丸井氏は先ほどまで俺たちといっしょにいた。

 その短い間に。


「こんにちはー。おじいちゃん、いますか」


 驚いた。

 玄関から若い女性の声がした。

 Jが黙って出ていく。


「ちょっと……」


 高校生くらいの女の子が立っていた。


「あれっ。こんにちは。こんな若いお客さんがいるなんて珍しいな」

「こんにちは。ちょっとお邪魔してます。君は?」


 Jがそう言うと女の子は言った。


丸井まるい美紗みさです。おじいちゃんに用があって来たんですけど。留守ですか?」

「おじいさんは亡くなったよ」


 俺は固まった。


「誰かに殺されたみたいだね。首にあとがあった」

「そんな……!祖父に会わせてください」

「あの」


 前に出ようとした俺をJが止めた。


「見ないほうがいい。亡くなった理由に心当たりは?」

「おじいちゃんは無愛想で、いろんな人からよく思われてなかったから、そのせいで……。でもそんな……首を誰かに切られて死ぬなんて……ひどい」


 ん?

 何か違和感があった。

 でもそれを口にする前にJが言った。


「君が殺したのか」

「は?」


 俺の口から間抜けな声が出た。


「どういうことですか?なんでそんなこと言うんですか?!」


 まったくだ、と俺も思った。

 Jはあくまで冷静に彼女を見る。


「僕は首にあとがあったって言ったんだ」


 そして、言う。


「誰も刺されたなんて言っていない」


 女の子の手が震えた。


「だって……。首にあとがあったっていったら傷跡でしょ?」

「絞殺の可能性は考えなかったのかい?首を絞められたあとだということは」

「そんな……。そんなの」


 バッと彼女は顔を上げた。

 手にはナイフを持っている。

 まずい。

 こんな近い距離じゃ。

 彼女が突進してJに斬りかかった。


「J!」


 ドン。

 軽い音がして。

 女の子が、倒れ伏した。

 驚いたような表情で顔が固まっている。

 額から血が流れていた。


「J!怪我は」

「ないよ」


 そう言って握っていた手を開く。

 黒く光る何かが握られていた。


「小型拳銃。仕込みはしておくに越したことはないね」


 俺はホッと息をついてしまった。

 不謹慎だが。



「彼女は某国の工作員だよ。丸井久三の実の孫でもあるけどね」


 Jはそうとだけ教えてくれた。

 そして俺たちはなぜか金庫開けに挑戦していた。


「とりあえず二人とも死んでくれて助かったよ。こう言うとあれだけどね。……開かないなあ」


 Jは首を傾げている。


「0193だと思ったんだけどな」

「なんですか」

「まるがゼロ、い、きゅう、ぞうの三だよ」


 そういうことか、と俺は思う。


「人は寄せつけなかったみたいだけど、彼は孫を溺愛できあいしていたらしいね。だから、うかつにも近づかせて殺された。彼女もこの金庫を開けにきたんだろうね」

「ちなみにここには何が入っているんですか?」

「知りたい?」


 Jが笑う。

 いたずらっ子のような笑みだ。

 目が笑ってないが。


「……いや、聞かないことにしておきます。それよりこうじゃないですか」


 俺はダイヤルを回す。

 カチッと音が鳴って開いた。


「……ビンゴ」


 Jは珍しく驚いたようだ。

 目が丸くなっている。


「なんて入れたの?」

「0133。まる、いち、さん、さん。……丸井美紗ですよ」

「君はやっぱり頭がいい」


 Jは満足そうに笑った。

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