6.
懐かしい。
家の敷地に入った瞬間そう思った。
あれからもう五年くらい経ったのか。
家族が亡くなってから目まぐるしくときが過ぎて、当時のことなんて思い出すこともなかった。
「どう?昔のことなにか思い出した?」
「……昔、ここに一回入ったことがあって。小学生のときかな。めちゃくちゃ怒られた記憶があります」
まさに血相を変えた、という表現がしっくりくる怒り方だった。
子ども相手にはなかなか大人げないというか。
とにかくその頃はとても恐かったのを思い出す。
「それでたしか金網が取り付けられて……。ああ、ありました」
家の隙間を囲むように金網が取り付けられている。
そういえば生い茂った樹木の間を通り抜けるように玄関前を通ってきてしまったがよかったのか。
「あのJ……」
そう言うと急に口をふさがれた。
「しずかに」
人差し指を唇に当てるジェスチャーをしてJは小声で続けた。
「探し物はここにあるって言ったよね。その答えを今から教えるから静かに、声を出さずに聞いて」
なぜ小声なのか疑問に思ったまま頷く。
口をはさむこともできない。
「ここには旧日本軍の細菌兵器が隠されている」
一瞬、自分が聞き間違ったかと思った。
細菌兵器?
「不都合な真実。だから当然表の歴史には出てこないけど、兵器を研究している部隊があったんだ。この日本にもね」
Jはささやく。
「ここにはその兵器が眠っている。僕はその確認にきた。……回収は後日になりそうだけどね」
ごくりと
「なにか聞きたいことは?」
大急ぎでうなずいた。
口から手がどけられる。
「細菌兵器って……。そもそもなぜそんなことをあなたが知っているんですか?」
「答えられない」
Jは首を振った。
「……なぜ、俺なんです?」
「それも、答えられない」
俺が黙りこむとJが言った。
「聞かないほうがいいと思うよ。そんなことも世の中にはある。そして情報はあるところにはあるものだ。……情報を得たいなら君はかけ引きというものを覚えたほうがいい」
なんの感情も浮かばない冷たい表情。
これがこの人の本質なのだと直感で思った。
「そんな危険な所には行きたくない?じゃあここで待っていてくれていいよ。僕はちょっと
「話しって……!」
そんなことを率直に話してくれるとは思わない。
俺にはわからないが、重い問題で極秘の情報だろう。
下手したら殺されるかもしれない。
「待ってください」
気づいたら声を出していた。
「俺も行きます」
「なぜ?僕なら一人でも大丈夫だよ」
きっとこれもかけ引きなのだ。
だから、俺は食い下がる。
「あなたが死んだら、ロッカーの場所がわからなくなります。それに一人より二人でしょ」
「そう」
Jは微笑んだ。
「君って本当に面白い」
なんだか手の平の上で転がされている気がしたが、それも悪くないなんて考えている自分がいた。
俺もどうかしている。
玄関にドアベルがあったのでJが押した。
思ったより普通に訪問するつもりなんだな、と妙なところで感心する。
そして感心するのはこの人とまともな出会いかたをしていないということで。
何か複雑な気持ちだった。
「……留守かな」
一回ベルを押しても返答がないので二、三回ベルを続けて押す。
緊張していた気持ちをほどきかけると中から声がした。
わずかに衣ずれの音も聞こえてくる。
「
着物姿の老人だった。
記憶にあったより痩せて、顔の皺が増え肌が少し黒ずんだ気がする。
けれども、顔の引き
「誰だ、お前たちは」
俺たちを見た途端、老人は目に見えて顔を歪める。
俺は慌ててJの顔を見た。
どうやって切り抜けるつもりなのか。
Jはにこりと人好きのする微笑みを浮かべると言った。
「
ぬけぬけとそう言う。
「調査?」
「はい、この街の歴史や埋蔵物に興味がありまして」
丸井氏の表情が強張った。
「出ていけ」
「この家の地下にあるものを見たいと言ったらおわかりになりますか?」
Jはカードを切ったようだ。
丸井氏の顔色が目に見えて青黒くなる。
「出ていけ!二度は言わんぞ」
そう言って丸井氏は壁に立てかけてあったものを取った。
それは使い古した色をした木刀だった。
「ちょっとJ……」
俺が慌ててJの前に立つと横にすり抜けて、いつもの調子で微笑んで言った。
「今日はここで退散します。……またお話ししてくださる気になったらいつでも」
Jの手を引いて玄関先に飛び出すと、扉が壊れるぐらいの勢いで閉められた。
機嫌悪く強い足音を立てて、奥に戻っていく。
それきり音はしなくなった。
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