事情聴取

 夕食後。


 特にやることもなかったジークとリエルはそのまま食堂で会話をしていた。


 リエルは口に運んだコーヒーカップをテーブルに戻すと、こちらの視線に気付いたのか、ニコッと微笑んできた。

 

 ジークも微笑してそれに返す。


 しかし脳内では全く別のことを考えていた。


 ……さて、どうするか。


 それはこれからの予定のことだ。今日はともかく明日からあの2人に合流し、街に蔓延る組織ついて探っていく必要がある。


 今日はというと宿に泊まるのが確定になってしまったのでここで出来ることをやるしかない。一見すると何も出来ないように見えるが、目の前にはあの組織と関わりを持った女性がいるのだ。


 彼女の話を詳しく聞けば何かヒントになる情報を得られるかもしれない。少し話を聞いてみる必要があるだろう。


「よければリエルさんの身の上話も聞かせてくれませんか?」


「私か?私の境遇などつまらないぞ?」


「いいですよ。俺はリエルさんの過去が気になるんです」


「……そ、そうか。なら話してやろう!」


 何故かにやけたような表情をした彼女は咳払いで誤魔化した。


「私はな、生まれた時から母親がいなかったのだ。だから父の手一つで育てられた。でもそれは離婚したとかそういう訳ではなくて、母親は私を産んでからすぐに亡くなってしまった」


 ジークは神妙な面持ちで話を聞く。


「父はかつて有名な騎士だった。だから何においても厳しくてな、幼い頃から父さんに鍛え抜かれてきた。朝早く起きてトレーニングをしたり、夜遅くまで勉強したり、昔は本当に忙しかったよ」


 なるほど。彼女が武人気質というか男勝りなのは、騎士である父に育てられたからということだろうか。


「そんな父も今から4年前に亡くなってしまった」


「そんな早くにご両親を?」


「あぁ」


 幼くして母を亡くし父も亡くした。

ちょうどこの世界の俺の環境に似ているかもしれない。


 ただ俺の場合はエイラの家に住ませてもらっていた。おじさんやおばさんは血のつながっていない俺に対しても非常に心配りをしてくれて、俺のことを我が子のように大切にしてくれた。


 そんな俺に対して彼女は大切にしてくれる人がいるどころか、行く当てもなかった。

それこそ一人で孤独に生きてきたのだろう。

彼女の今までの苦労を考えると少し心に来るものがある。


「……今考えると、父が私に武術や剣術、騎士道の精神を教えたのは自分の生命が残りわずかである事を知っていたのかもしれないな」


 リエルは下を俯く。僅かに見えるその顔には影が浮かび上がっていた。


 彼女が宿屋に向かう時に緊張していた心境やフォークをガン見していた時の心境はジークにはわからない。


 しかし今の彼女の気持ちは分かる。

だから、


「そんな事無いですよ」


 彼女の手にそっと優しく触れる。


「えっ?」


 彼女は驚いたように顔を上げた。


「僕にはあなたの過去が分かりません。

それでもお父さんがあなたに武道や学術を教えたのは自分のためじゃなくて、あなたに成長して貰いたかったんだと思います」


「そ、そうか。父はそんな事を。

それに君は優しいんだな……」


  瞳に涙を浮かべてほんのり顔が赤くなった彼女はこちらの手を握ってくる。


「ですから気にしないでください」


「ありがとう」


「はい」


  この言葉が彼女の救いになってくれれば幸いだ。


 ジークは彼女に貸した手を戻そうとする。

しかし彼女はこちらの手を離してくれなかった。



……ん?



 流石に様子がおかしいと思ったジークは彼女の顔を確認するが、微笑んでいる。

 どういう心境なのだろう。もしかしたらまだ慰めが足りないのか。


「こ、これであなたの悩みが小さくなれば俺はいつでも相談に乗ります」


 出来るだけ満面の笑みをして手を話そうと引く。しかし彼女は手を離してくれない。


 ど、どうなんってんの?

なんで手を離してくれないの?


 もしかしたらまだ慰めが足りないだろうか。確かに、彼女はこれまでに辛い経験をした。この程度の言葉では傷は癒えないのかもしれない。


「……リ、リエルさんは優しい人だ。

あなたの信念や行動には尊敬します」


「そ、そんな事より。わ、私の事をリエルと呼んではくれないだろうか……?」


 彼女は顔を赤くさせている。 一体どういう意図なのだろうか。こちらを握ってくる手により一層力が込められる。


 痛い痛い!えっ、怒ってるの?

もしかして怒ってるの!?


 もはや自分には何がなんだかさっぱりわからない。が、とにかく今は彼女の手から逃れたい。


「わ、分かりました。

リエル……君は今までよく頑張ったね」


「ふふっ、そうかそうか。

そう言ってもらえると嬉しいな!」


 彼女にようやく手を離してもらう。


 ハァハァ……。なんて力だよ、手が真っ赤だ。


 一体何故こんな馬鹿力で握られなきゃいけないのだ。もしかして慰めが足りないのでは無くて、俺に対して怒っていたのか。現に彼女は先ほどから顔を真っ赤にさせている。


 自分は馬鹿では無い、裏の支配者だ。

例え周囲を目を誤魔化せても支配者の目は誤魔化せない。


 彼女の顔を恐る恐る伺う。しかし怒っているようには到底見えない。むしろ彼女はとても喜んでいるように見えた。


 怒ってるの?喜んでるの?

女の気持ちって難しいもんだな……。


 目の前にいる女性はエイラやリザよりも考えている事が分からない気がする。

とにかく今の自分にできる事は彼女の逆鱗に触れない事だ。多分もう嫌われている?

ので大人しくしておいた方がいいだろう。


 ジークがビクビクと内心怯えているのに対し、リエルの心は非常にご機嫌であった。


 ――ふふっ。ジークったら君は恥ずかしがり屋なんだなっ♪


 リエルの心はかつて無い程に有頂天に達していた。


△△△△


 そしてその後も会話が続いた。他愛無い話から思い出話まで、内容は実に様々であった。話はさらに進んでいき、やっとジークが聞きたかった内容の話題になる。


 それはあの組織のことについてだ。


「リエルさんは……」


「ん?」


 彼女の声色が訝しげなものになる。

だから慌ててジークは呼び直した。


「リ、リエルは……いつからあの集団に狙われているんですか?いるの?」


 それを聞いたリエルはやれやれといった表情をする。


 まったくジークはいけないな。

呼び捨てがそんなに難しいのか?


 と、思いつつそれに返す。


「半年前だよ。半年前にとある依頼で護衛していた馬車が襲撃にあった。それを襲撃したのがあの犯罪組織という訳だ」


「なるほど。ちょっと待ってて」


 突然ジークは椅子に座ったまま斜め後ろを向くと誰かと話し始めた。しかしそこに誰もいない。

 

 まるで今日の昼の時のようだ。彼は自分には見えない誰かと話している。一体誰だというのか。


 それにまたブラッドレイスという言葉が聞こえた。本当にブラッドレイスを使役しているとでもいうのか。自分には全く見えないので分からないが、もしそれが本当なら彼は伝説上の強さを持つことになる。


「……ごめん。話を逸らしてしまって」


「一体誰と話していたんだ?」


 リエルには物凄く気になる。


 自分の好きな人が自分の知らない話題をしていたら少しムッとする。自分はそういうタイプの人間だ。彼が知っている事は私も知りたいのだ。


「話すっていうか、おまじないだよ。

盗み聞きしてる奴がいないかのね」

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異世界最強禁術魔法使いは、チート能力で世界各地で大暴れして自分だけの闇の組織を作っていく〜 海坂キイカ @unasaka54

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