不老不死の窓口(Ⅲ)

 ミキさん、トウマさん、そして僕。以上が、在世期間管理係に配属されている現在のフルメンバーだ。

 元々、冷凍睡眠関連の手続きは市民課戸籍係の業務に組み込まれていたのだが、予想を遙かに上回る受付の混雑と混乱を緩和するため、急遽新たな専門窓口を設置したのだそうだ。

 あくまで緊急避難的な措置であり、いずれは戸籍係に業務を戻す予定であるため、割り振られた人員はわずか三名。設置当初は、ミキさんとトウマさん、そして別の若手男性職員という構成だった。


 ところで、窓口対応はストレスフルな業務である。


 これは行政でも民間でも共通するが、とにかく悪質なクレーマーが多いのだ。加えて、こちらが公務員というだけで、「税金泥棒」「お役所仕事」と嘲罵を浴びせてくる市民も珍しくない。

 ただでさえ矢面に立たされがちだというのに、泥縄式に始まった冷凍睡眠の手続きやデータ管理システムには不備や欠陥が次々と見つかり、その上、運用開始当初の冷凍睡眠届出者には特に、高圧的な富裕層が多かった。

 業務遅滞がクレームを生み、クレームに動揺・萎縮した職員がミスを犯し、それが新たなクレームを生む。止めどない負の連鎖にすっかり心を病んでしまった哀れな若手職員は、着任から三ヶ月で市役所を辞した。

 代わりに配属されたのが、誰であろう、この僕だ。

 冷静沈着が取り柄で、罵られようが脅されようが一切動じることの無い僕は、ある意味、窓口業務への適性は誰よりも高いだろう。

 正直なところ、データや数字と向き合っている方が対人業務よりも得手ではあるのだが、そんな贅沢を言える立場ではないため、今日も今日とて僕は窓口に立ち続けるのである。

「『仕事ですから』、ねぇ。ってかさ、タスケ。お前、休みの日って何してんの」

 クッキーの袋を歯で破りながら、トウマさんが漠然とした問いを投げかけてきた。隣接する戸籍係の職員デスクにクッキーを譲り置いてきた僕は、取り繕うことでもないので正直に答える。

「ひたすら寝てますよ。充電です」

「うわ、典型的社畜。やだやだ。趣味くらい持ったほうがいいんじゃないか」

 トウマさんはぎゅっと眉を寄せて顔をしかめ、頭を大袈裟に左右へ振った。

 市役所は会社ではないため、社畜という表現は適切ではない。強いて呼ぶならば「公僕」だろうか。

 ともかく、彼の言い草が不服だったので、僕はささやかな口答えを試みる。

「興味本位で手を出してみたことはあるんですけどね。音楽とか、絵とか、ゲームとか」

「へえ。それで?」

「これといって熱中することもなく。それきりです」

「ま、そうだろうな。タスケだからな」

 トウマさんは一人で納得して、うんうん、と頷いている。僕だからなんだと言うのだろうか。失礼な人である。トウマさんだから仕方がないのだが。

「趣味に限らず、仕事以外に夢中になれることがあったらいいよね。タスケ君、ずっと働き詰めだもの」

「そうそう。なんのために働いてるのか分からなくなっちまうぞ」

 僕が現在進行形で処理している書類の三分の二を奪い去りながらミキさんが心配そうに言い、さらにそのうちの半分以上を彼女の手の中からさりげなく攫いつつ、トウマさんが訳知り顔で同意する。

 なんのために働く、というよりも。

「働くために生きているようなものですからね。僕の場合は」

 何気なくそう答えると、ミキさんとトウマさんは顔を見合わせて、苦笑しながら揃って肩をすぼめた。




 この窓口には、冷凍睡眠の届出のために日々多くの市民が訪れる。

 その際、冷凍睡眠の目的や理由の申告までは求めていないのだが、およそ三人に一人が尋ねもしないのに各々の事情を切切と語って聞かせたがるのは不思議なことである。

 届出者のうち、大多数を占めるのは高齢者だ。理由は健康不安からくるものや、医療技術の進歩に期待したもの……いわゆる「死亡時期の先延ばし」が圧倒的に多いが、目的となると千差万別である。

 曰く、「いずれ生まれるはずの曾孫の顔が見たい」「創業した会社の百周年に立ち会いたい」「相続税が安くなるよう税法改正を待って遺産を譲りたい」などなど。中には「次の元号を知りたい」だとか「大好きな漫画の完結を見届けたい」といった、耳を疑うような主張を堂々と掲げる人もいた。

 目的達成までにどれだけの年月を費やすか見当すら付かないケースも珍しくはなく、十年以上の冷凍睡眠すらも視野に入れているこういった人々は、よほど経済的に余裕がある、もしくは、老後の資金を全て投げ打つ覚悟がある、そのどちらかだと言える。

 ただ、彼らに共通するのは、「希望が叶うまでは、なんとしてでも生き延びたい」という強固な意志の元に、冷凍睡眠の利用を決めたことだろう。

 これが若年層世代になると、様相はかなり異なってくる。命に関わるような健康不安が無い者が冷凍睡眠を希望する場合、その多くは、「在世年齢を利用して窮状を打破すること」を目的としているのだ。

 例えば、同級生からいじめを受けて不登校になった小学三年生の女子児童。保護者の仕事の都合で転校という選択ができなかった少女は、通算三年間の冷凍睡眠を希望していた。彼女をいじめた同級生たちの卒業を待って、新たな同級生とともに小学四年生から再スタートするつもりなのだという。

 例えば、届出当時二十九歳だった国家公務員志望の男性。国家総合職採用試験の年齢上限は三十歳だが、昨今の不景気による民間就職不安もあり、今年の採用試験は例年より倍率が格段に高い。二十九歳のまま一年を冷凍睡眠でやりすごし、来年の試験に賭けるのだと、彼は疲れ果てた様子で語った。

 両親から見合いを強く勧められているが、実は密かに現役男子高校生と付き合っているという社会人女性もいた。恋人が婚姻年齢に達するまで冷凍睡眠で時間を稼ぎ、解凍と同時に結婚してしまおうという腹らしい。

 老若男女問わず、冗談のようなエピソードは枚挙にいとまが無いのだが、当人や家族にとっては重大な問題であり、深刻な事情だろうと馬鹿げた願いだろうと、窓口を訪れる人々は誰しも真剣そのものである。


 僕には、それが理解できない。


 冷凍睡眠にかかる諸費用は、サービス開始当初よりは幾分か落ち着いたとは言え、今でも決して安くはない。健康保険は適用外で、これといった補助制度もなく、一般市民が気軽に受けられるところにまでは至っていないのが現状だ。

 その上、冷凍睡眠提供会社との契約そのものは無論のこと、戸籍や税金等の各種手続きもなべて煩雑で、さらに実年齢と在世年齢の乖離という日常的な面倒も付帯する。冷凍睡眠に対する反発は一部の人々の中でいまだ根強く、世間体や偏見に悩まされるリスクもあるだろう。

 それでも、この窓口を訪れる人はあとを絶たない。誰もが熱心に手続きに臨み、冷凍睡眠に希望を託す。

 粛々と業務をこなしながら、僕はその度、こう思う。

「どうしてそこまで」と。

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