第8話 ロリータな服
「さっきの逃げ出したやつじゃよ!嶺間という名前じゃったわ!ほほほ、思い出してスッキリしたわ」
俺と同じ苗字だなんて、すごい偶然だな。でも嶺間なんて名前、探せば普通にいるだろう。
それを俺は気にも留めなかった。
「⋯そちの
「⋯
やはり老人から見ても緋奈は可愛いのか、その美貌を見つめながら感嘆の息を漏らしていた。
「あの⋯あなたの名前は⋯?」
それを聞いた老人はおっとそうじゃったな、と頭をポリポリ掻いてまたも口を開いた。
「⋯名前か。もう20年近くここらにおるでのう、ずっと1人だったもんで名を使う機会なんてなくてな。忘れてしもうたわ。適当におじさんとでも呼んでくれ」
―20年も1人で暮らしているのか。それは余程の孤独だろう。慣れるとしても、それは辛かろう。
⋯そこに久しぶりに人が来たのだ。嬉しくなるのも無理はない。
「さぁ、飯の買い出しでも行くか!いきなりじゃったから、君たちの食いもんは無くてな」
壁外でも食料が手に入るのか。あれだけの瓦礫の世界だったから、てっきり街に行かないと入手できないだろうと考えていた。
俺と緋奈はおじさんに次いで席を立ち、戸を開け外に出た。
――食料の買い出しに出掛けた俺と緋奈とおじさんは、風景変わらぬ
俺と緋奈は横に並び、前を歩くおじさんに着いて行く構図だ。
「⋯あの、すいません、さっきも言ってた、IADAとはなんですか?」
IADA。何かの略称だろうか?大方なにかの部隊であろう。
「あぁ、君たちIADAを知らないのか」
チラッと後ろを振り返るおじさんは、歩きながらこう続けた。
「IADAは”Infected Artifacts Destroyer Army”の略じゃ。主な任務はIAの駆逐と暴走したアノマリーの処分」
なるほど、対IA専門部隊という訳か。にしてもこのじいさん、やけに詳しいな。なにか因縁でもあるのか⋯?
しかし俺と緋奈が当のアノマリーであるが故、複雑な思いを抱いていた。
⋯緋奈は相変わらずだな。虫以外では動じなそうだ。
――20分ほど歩き、個人で開いているであろう売店に着いた。IAの拳ひと振りで、どこかへ吹き飛んでしまいそうなくらい、ボロボロの店。
棚には缶詰や乾パンなどが置いてあり、奥には⋯
色々な服が吊るしてあった。
その屋台では、所々に擦れ傷のある緑のジャンパーを来た老人が立っていた。
決して筋肉質では無いが、がたいは良い。
おじさんは緑のおじさんに近づくなり、
「よぉ、また来たぞ吉倉。こいつらに飯食わしてやりてぇんだが、ちと負けてくんねぇか」
「ああ、じいさん。初めてじゃねぇか、若いやつなんて」
老人は、日々の食料や日用品をここで調達しているのだろう。
⋯しかしここまでの物資、この壁外でどこから⋯
「俺も久しぶりに、じじい以外を見れて嬉しいからな。いいぜ負けてやる」
な、なんて気前のいいじいさんなんだ。
だが負けてくれるとはいえ、世話になる挙句、お金まで出してもらうのは申し訳無さすぎるな。
―緋奈には悪いが、その辺のイナゴでも捕まえて食べよう。なに、目を瞑れば貴重なタンパク源だ。
なんて事を販売している食品を見つめながら考えていたら、隣から物凄い殺気を感じた。
まだ何も言ってないのに、こちらを見つめてくる。無表情で。怖いよ、緋奈さん。
「⋯⋯⋯」
俺は無表情で殺気を放ってくる緋奈に戦慄したので、おとなしくおじさんに甘えることにした。
この借りは必ず返します。出世払いで。
そうこうしているうちに、おじさんが食料を色々と買ってくれているようだ。本当に有難い。
「じゃあ、これで帰るとするわい。ありがとな、吉倉」
「ん、今日は服はいいのか?」
ちなみにいうと先程の色々な服というのは、あのカラフルでフリルのついた実に可愛らしいお洋服の事である。
なんでまたこんな世紀末にロリータな服が⋯とますます謎は深まるばかりである。
流石に、左の普通のシャツの事を指しているのだろう。
⋯趣味がロリータな服集めのおじさんの傍に、緋奈は置いておけない。動く可憐なマネキンにされてしまう。
そんなありもしないだろう妄想をしていたが、しっかりと礼は欠かせない。
「すいません、ありがとうございます。吉倉?さん。俺たち、施設から出てきたばかりで」
「⋯⋯?施設だ?そんなんどうやって?」
やはりあの施設はそれほど、警備の厳しい場所なのだろう。顔には出ていないが吉倉さんが驚いているのは分かる。
「あぁ⋯なんか見知らぬ男が入り込んで皆殺しにしたそうだ!一体どこのどいつなんだか」
あの男は本当になんだったのだろう。
逃がしてくれたことに感謝はしているが、あの圧倒的な暴力の前に、本能的に恐怖を感じた。
一方的に
「君たち、見てくれからしてアノマリーなんだろ?アノマリーが施設の外に出れるのは、IADAの隊員になる時だけだ」
つまり捕まれば最後、
――俺たちは吉倉さんの元を後にし、おじさんの住処に帰ってきた。3人で手分けして運んだ食品をテーブルに並べる。
おじさん曰く、あの店は口を表にしては言えないが、裏ルートでかなり安く仕入れているらしい。
「ここには好きなだけ泊まっていきなさい。その代わり、たまにでいいから話し相手になっとくれ」
そんな事でいいなら、お易い御用だ。俺も知らない情報も色々知れる、いい機会だ。
⋯⋯しかし、帰ってきてから目につく、あれが気になって仕方が無い。これは問うてみるべきか。
「あの⋯あそこに掛かってる服は一体⋯」
おじさんもそこに目線をやる。そして別に驚くわけでもなく。ああ、と相槌を打つ。
そのあれの正直とは⋯
⋯⋯さっき店でも売っていた、ロリータな服だ。
白を基調とした、まさに少女向けのフリル付きの可愛い服や、青、紫など、バリュエーション豊かである。
この陽気な雰囲気からは想像できない、特殊性癖なであった。流石に引いたぞ。緋奈には何かあったら乗っ取って逃げろ、と釘を打っておこう。
虚空のディストピア 橘 はさ美 @_Tachibana_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。虚空のディストピアの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます