第7話 切迫の問答

おい!!何倒れてんだSランク!!!

お前がやらなきゃ誰がやるんだ!俺か?俺なのか!


試しに小石を思い切り投げてみるが、虚しい音をたてて弾かれるのみ。硬すぎるだろあのボディ。


こうなったら⋯逃げるのみ。


「うわぁぁぁあああ!!!!」


俺は倒れた緋奈を背負って、これ以上無いほどに走った。

後ろを振り返ると、同じように走って追いかけてくるIAが。まずいぞ、どんどん追い付かれてきている。ここで終わりなのか、俺の人生は。


半泣きになりながらも、駆ける俺。

もうだめだ、と半ば諦めていたその時。


奥で物陰から手をクイクイ、としてくる影が。

俺は迷わずその影の所へ転がり込む。


壁に背をつけ息を殺し、IAの様子を伺う。

足を止めるIA。俺たちを見失ったようだ。


やがて足音は遠くなり、どこかへ行った。

その瞬間、俺は糸が切れたかのようにぐったりし、心底ほっとした。


助けてくれたお礼をしようと横を向くと、ヨボヨボの老人がそこにいた。


「ありがとうございます、もう完全に死んだかと思いました⋯」


すると仙人のような顎髭を生やした老人が口を開いた。


「君たちが助かって良かった。なに、そのままその女子おなごを抱きかかえているのは辛かろう。中に入りなさい」


確かに背負って死ぬ気で走ったから、かなり疲れた。

ここは甘えさせてもらおう。



――老人に招かれ入った部屋は、とても質素であった。廃墟であったものを、住処として再利用しているのだろう。


リビングのような空間の真ん中には木製のテーブルが置かれ、一人暮らしであろうに椅子が4つ並べられている。奥には小窓とキッチン、角には布団が敷いてあった。

⋯案外快適そうだ。


老人が椅子を引いてくれたので、俺達は木製の椅子に座る。かなり年季が入っているな。そして老人も俺と向かい合わせになるように腰を下ろした。

少し咳払いをして、口を開いた。


「⋯いきなりですまないが、君たちは”アノマリー”じゃろう?」


「え、ええ⋯そうですけど、それが何か?」


やはり世間では”アノマリー”という存在自体、忌み嫌われているのだ。ここで隠しても何にもならないので、俺は正直に打ち明けることとした。


「⋯⋯何人殺した?」


その言葉が発せられた途端、場の空気が張り詰めたものとなった。

俺はその一言を聞いた瞬間、大きく動揺してしまった。なんせ、心当たりは大ありだ。

まさにさっき俺は、人をこの手で殺めてしまった。

緋奈が殺されそうになっていたとはいえ、”人殺し”というのは、人道として許されてはいけない行為である。


緋奈もさっき何人もったよな⋯と、左を向く。

なにやら緋奈は、両足を上げ目をまん丸にして机の下を見ている。その目線の先に視線をやると⋯


――机の下で、バッタがぴょんぴょん跳ねていた。


ほんとに緊張感無いなこいつ。

何だかんだで、初めて無表情以外の緋奈を見た気がする。


だが俺たちは、ここに居てはいけない気がした。

正直に全部打ち明け、おいとましよう。

そう真相を話す覚悟をした。


「すまんすまん、少し試しただけじゃ」


⋯だが思っていたような展開にはならず、その場の空気が急に緩んだ。

先程までのいぶかしむような表情は、あっさりと消えていた。


「なに、何かワケがあったのじゃろう、詮索はせんよ」


この老人は俺たちを受け入れてくれるらしい。

やはり人を殺したという罪悪感が消えることはないが、ここは助けを借りよう。

何より、優しい人で良かった。


「それより、どうやって君たちは施設を抜け出して来たんじゃ?」


「仮面をつけた黒い男が施設に入り込んで、アノマリー達を逃がしながら歩いていったんです。警備員も殺しながら」


それを聞いた老人は、ほう、と驚きの声をあげていた。


「私も長いことここに暮らしておるが、施設から抜け出してくるアノマリーは1人もおらんかったよ。⋯いや、1人だけおったな。名を確か⋯”み”が付くのは覚えておるのじゃがなぁ。思い出せんわ、なんせ10年以上前の事じゃったからな」


老人は思い出すような動作をするが、結局思い出せなかったらしく、朗らかに笑い声をあげた。


「へぇ、いたんですか、逃げた人が。ちなみにその後どうなったんです?」


それを聞いた老人は、薄曇りの表情を見せて言葉を紡いだ。


「⋯⋯数日でIADAの連中に捕縛されて、ヤツらのモルモットにされて死んだと聞いておるよ」


⋯なんて残忍な組織なんだ。何度も言うが、アノマリーも元は一般市民だ。散々実験台にした挙句、殺すなぞ、なんて仕打ちなのだ。それを摘発しない政府もおかしい。


「そういえば、名を聞いていなかったな。名をなんという?」


割と今更な質問だが、答えない理由はない。

俺は普通に名乗った。


嶺間みねまれい、出身は千代田区です」


すると老人はまたも驚き、声をあげた。ユニークなおじさんだ。


「そうじゃ、そうじゃ!思い出したぞ!嶺間じゃ!」


⋯嶺間?俺の苗字だが一体どうかしたのか?

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