第2節 〜壁外生活編〜

第6話 薄墨の情景

段々と見えてくる周りの景色。

普通に暮らしていた俺は、壁外の様子を知らない。

学校でも写真は出てこないのだ。


――1歩踏み出して見えた眺望ちょうぼうは、俺の予想を大きく上回って、荒廃していた。

ポツポツと、元は家であったような廃墟は存在する。だがとても見晴らしはよく、緑は全くない。


まさに灰色の世界だ。地平線上に別区の壁のようなものも見える。


「⋯⋯何も⋯無いな」


「見晴らしが良くていい」


相変わらずの無表情。余程合理的な考え方なのだろう。

しかし記憶もほとんど無い状態で、灰色の世界に立たされた彼女は、何を思っているのだうか。


表情からはまったくみ取れないので、どう接すればよいかもわからない。

ひとまず、彼方に見えるあの壁を目指そう。


あの地点までは7キロ程度だろう。

緋奈は裸足でいたため、さっきのやつらのブーツを履かせている。こんな道無き道を裸足なんかで歩いたら、血だらけになる。

ぶかぶかの靴が、歩く度にかぽかぽ鳴ってる。


「そういえば、さっき戦った時あの数の銃弾に当たらなかったのか?」


「⋯⋯当たらない。ひとつだけ避けた」


よ、避けただと⋯?

銃弾を避けるなんて大技、一体どこぞのSFだ。


⋯いやでも、Sランクなら出来ちゃうのか。そうなのか。と、納得してしまう自分がいた。


「⋯どうやって避けたんだ?」


「⋯よく分からないけど、安全ながある」


色の空間⋯だと?ますますこの子が何を言っているのかわからない。

色⋯か、そういえば聞いたことがあったな。


――共感覚。

数字を見ると色が思い浮かぶなど、ひとつの感覚刺激によって複数の感覚が呼び起こされるといった能力だ。

中には、色を聴ける者や、文字から味を感じる者もいるという。


おそらく緋奈は、その共感覚をアノマリーの能力として昇華させたのだろう。だからそんな銃弾を避けるなんて所業が出来たのだ。


つまり安全な色の空間が見えるという事は、この風景も灰色では無いということだ。少しだけ羨ましくはある。




20分ほど歩いた頃、あの瓦礫がれきの山から何かの駆動音のような、異音が鳴り始めた。

近くで音を聞いた瞬間、その正体はすぐに分かった。


―ロボットだ。みなが言うに、IA。大量の人々を虐殺したという。


咄嗟とっさに俺と緋奈は物陰に身を隠した。

俺はテレビで写真しかみたことのないIAを、一目見てみたいと思った。


そして身を乗り出して、覗き見てみる。

その姿は、禍々しく赤い光を僅かに放ち、何も目的が無いように彷徨さまよっている。

そして何より、大きい。一蹴りで人間なんてひしゃげてしまいそうな図体のデカさだ。


しばらく見ているとIAは、俺たちの通りたい道の上に立ちはばかっていた。

こいつと戦わなければいけないのか。一体どんな攻撃をしてくるかもわからない相手に勝てるのか⋯?


額に汗を浮かばせながら、思考を張り巡らせていると―


「へくちっ」


ああ、こいつやらかした。


くしゃみを聞いたIAが、咄嗟にこっちを向く。

もう終わりだ⋯

ゆっくりとこっちに歩いてくる。


もうこうなったら、死を覚悟して戦うしかない。

小動物のように、無抵抗に喰われるのは御免だ。


―いや、待てよ?俺の隣には最強のSランクがいるじゃないか。なんだ、余裕じゃないか。これで死ななくて済む。


俺は忘れていた事を思い出し、ほっと胸をで下ろす。よし、全部緋奈に任せよう。いやぁ、ほんとに助かった。


「緋奈、あいつを乗っ取れるか?」


緋奈は少し考える仕草をして、答えた。


「⋯⋯人間にしかやったことないからわかんないけど、やってみる」


おお、なんて頼もしいやつなんだこいつは。


緋奈はその場に立ち、IAに対して真正面に向かい合った。

さあ、やっちまえ!緋奈!


緋奈はIAの元へ2、3歩近づき、手を前に突き出した。

途端、緋奈を中心として凄まじい電撃を放っていた。

もう、電気の能力でいいのでは⋯?というほどに。


そしてIAは自害するかと思いきや―


緋奈が能力を使っている間、IAは動きを止めるが自害はしない。

緋奈は軽々乗っ取ってしまうどころか、整った顔を歪めていた。


「⋯⋯ご、ごめん⋯むり」


―そしてぱたっと倒れた。

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