第4話 『魔王』のブラック・ボックス

 スクラに黒獣の爪が振り下ろされる寸前、黒獣の腕が横に弾かれた。

 ベネットの『狙撃手』のブラックボックスによる攻撃だ。『狙撃手』のブラックボックスは、形状変化アームズで形状がほとんど変化しない特殊なブラックボックスだ。箱状の形状のまま、増殖した体積の一部を切り離し、そのまま射出する。

『狙撃手』によって射出された小さな黒い立方体が、黒獣にいくつも直撃した。効いている気配は無いが、衝撃によって黒獣が後ろによろける。


「ダメだ! 全然効かねえ!」


 ベネットが舌打ちする。

 ベネットが『狙撃手』を好んで使うのは拡張ボックス技能スキルと併用した時の攻撃力の高さからだ。拡張ボックス技能スキルが使えない今の状況では、ベネットの攻撃は豆鉄砲でしかない。


 どうする? どうすればいい?

 想定外の事態にスクラは焦るが、バルグの一喝で我に返った。


「スクラ! 時間を稼げ!」

「……分かった!」


 バルグの命令に従ってスクラは再度前進する。

 時間を稼げば、バルグがどうにかしてくれる。

 スクラは右腕をぶら下げたまま、左腕に盾を構えて突進する。スクラに合わせて、ジャガナも前に出た。


「スクラ、左腕任せた」


 ジャガナの『格闘家』のブラックボックスは、手と足を覆う武器と防具を兼ねたブラックボックスだ。拳打によって黒獣の右腕の爪、尖った尻尾の攻撃を撃ち落とす。スクラは合わせて、盾で黒獣の左腕の爪の防御に専念する。

 二人がかりでも、徐々に押される。

 隙を見てバルグの『銃使い』とベネットの『狙撃手』による攻撃が黒獣に直撃するが、多少の傷ができるだけだ。やはり、ただの黒獣よりも硬い。奴隷闘士に与えられる粗悪品のブラックボックスでは、この黒獣にダメージを与えることが難しい。


「そいつ胴を庇っている! 胸を狙え!」


 この短い戦闘で弱点を見抜いたのだろうか、バルグが叫ぶ。

 バルグの短い命令を聞いて、即座に残りの三人が息を合わせて連携した。

 バルグとジャガナが黒獣の防御をこじ開け、ベネットが黒獣の胸を狙撃する。


「ギ!?」


 ベネットの攻撃を受けて、黒獣の胸が少し砕ける。他の箇所よりも脆い。明らかに黒獣が狼狽して後退する。


 いける。

 後ろに退いた黒獣に向けてスクラは追撃をしようとして――黒獣が嗤ったのを見た。


 スクラの右腕の、肘から先が斬り落とされた。鮮血が吹き出る。

 一本だったはずの尻尾が、三本に増えている。あり得ない。黒獣が戦闘中に姿を変えるなど見たことがない。これではまるで、黒獣が形状変化アームズを使っているようではないか。


 拡張ボックス技能スキルはまだ使えない、再生はできない。黒獣の増殖した尻尾による追撃が迫る。スクラは直撃を覚悟して、しかし、横から伸びてきた手が、スクラを押した。ジャガナだ。代わりに、ジャガナが、黒獣の攻撃の軌道上に入る。スクラは、ジャガナが、なにか呟いているのが聞こえた。


「……すき」


 ジャガナの身体に、三本の尻尾が突き刺さる。噴水のように血が吹き出し、ジャガナが力を失う。明らかに致命傷だ。


「ジャガナァァァァァッ!」


 ジャガナを助けようとして、スクラはよろけた。右腕の出血がひどく、目眩がする。黒獣が尻尾を勢いよく振ってジャガナの身体を投げ飛ばした。スクラも飛んできたジャガナに巻き込まれて倒れる。

 持っていたブラックボックスの盾を取り落とした。


 まずい。立ち上がれない。

 バルグとベネットが何か叫んでいるのが聞こえるが、痛みで集中できない。


 黒獣が次の獲物のベネットに向けて疾走る。

 バルグとベネットが応戦するも、後衛だけでは一分も持たないだろう。

 何か、何かしなくてはならない。


 ”ワタシを遣いなさい”


 幻聴が聞こえる。

 痛みがひどい。


 ”力がいるのでしょう?”


 バルグとベネットを護らなくてはならない。


 ”ワタシなら、アナタの望みを叶えることができます”


「さっきから五月蝿いぞ!」


 スクラは痛みに耐えながら叫んだ。

 さっきからペチャクチャ喋っているのは何だ?

 痛みで意識が朦朧とする。まるで、目の前に落ちているブラックボックスが話しかけているように錯覚を覚える。


 ”力が欲しいのならば、ワタシをその失った右腕に装備しなさい”


 話している暇はない、早く助けに行かないと。

 立ち上がれない。

 落ちているブラックボックスの盾のところまで、スクラは必死に這った。

 ただの量産型のブラックボックスが、何故、話しかけてくるのかは分からない。この契約が何を意味しているのか、スクラは理解していない。

 しかし、今、力が必要なのだ。絶対に、外に出ると、約束したのだ。


「誰だか知らないけど、力をよこすって言うならとっととよこせ!」


 ”ならば叫びなさい。ワタシの名を”


 スクラは残った左腕でブラックボックスを手に取り、右腕に押し当てた。

 ブラックボックスの形状が変化する。失った右腕の代わりになるかのように、禍々しい悪魔の右手となって顕現する。これは、スクラが知っているブラックボックスではない。量産型の『剣闘士』のブラックボックスでは、断じて無い。


 スクラの脳に、ブラックボックスの情報が流れ込む。ただの外部拡張脳であるはずのブラックボックスに、人間であるスクラの脳が支配されている。本来あり得ぬはずの主従逆転現象。

 それでも、スクラは、受け入れた。みんなを、護るのだ。


 スクラはそのブラックボックスの名を叫んだ。


「『魔王』のブラックボックス、カタストロフ!」


 ”よろしい、ヒューマン。まずはあの野良に、格の違いを見せてやりましょう”


 スクラは飛び上がった。身体が軽い。数十メートルの高さを跳躍して、黒獣を見下ろす。黒獣は、こちらを見据えていた。分かるのだろう、こちらが格上だと。


「ギギギギギギギギ」


 黒獣がこちらを睨み、威嚇する。

 スクラは怖くなかった。

 そのまま、黒獣に向けて落下していく。『魔王』の右腕を前に出しながら。

 肩からエネルギーが噴出し、スクラの落下が加速した。黒獣との距離が一瞬で詰まる。


 黒獣の迎撃。

 三本の尻尾が魔王の右腕を斬り落とさんとするが、逆に全ての尻尾が砕けた。そのまま、スクラの右腕が黒獣の頭部を掴む。加速した勢いのまま黒獣を地面に叩きつけ、そのまま右腕に力を込めた。黒獣の頭が、容易に砕け散った。

 黒獣の身体が力を失い、そのまま倒れる。


 バルグとベネットが、スクラを唖然として見ている。

 スクラもまた、己が行使した力に慄いていた。


「これが……たった一つのブラックボックスの力……?」


 ”素晴らしい! ここまでの適合者は初めてです!”


 高揚したブラックボックスの声が、スクラの脳内に響いた。



 ◇◇◇



「ああ、いけません、いけません、いけませんねぇ」

「大将、どうします?」


 スクラたちと黒獣の戦いを、二人組の男が見つめていた。

 二人とも白を基調とした制服を着ている。胸元につけた十字架の意匠は、二人が黒十字教会の者であることを示している。


 違法な闘技場を取り締まるための潜入調査のはずが、恐ろしいものを目撃してしまった。今は存在しないはずの人類殲滅兵器、『魔王』シリーズのブラックボックス


「あれはいけませんよぅ。ここで殺しますか」


 二人組の男は、同時に全く同じ形状のブラックボックスを顕現させた。縦と横に長方形が交差する形状、すなわち、『十字架』のブラックボックスを。



 ◇◇◇ あとがき ◇◇◇



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ブラック・ボックス・チルドレン~奴隷闘士たちが成り上がって超大国を築き上げる!~ 台東クロウ @natu_0710

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