第3話 解放戦

 解放戦の前日。

 円形闘技場コロッセオのオーナーに、スクラたち四人は呼び出されていた。


「おいおいおいおーい、バルグちゃんはともかくさあ、他の三人は稼ぎ頭だから勝手に死なれたらこっちが困るじゃんねぇ」


 円形闘技場コロッセオのオーナーの部屋に、スクラは初めて入った。

 スクラが寝起きしている牢屋と同じ建物にあるとは思えないほど、豪奢な部屋だ。おそらく、中央の机に足を乗せて偉そうにしている、眼帯を付けた男がオーナーなのだろう。男は名乗らなかった。人間様が奴隷に名乗ることなどあり得ない、ということだろう。


「一応聞いておくけどさ、マジで君ら死ぬけどその辺どう思ってるの?」

「死なない。僕たちは自由になる」

「おいおいおーい、口の聞き方に気をつけろよ、と言いたいところだが、まあ勘弁してやるじゃんね」


 奴隷として無礼極まりない口調のバルグにも、オーナーは気にした様子はない。はなから人間扱いをしていないのだ、同じステージに立っていないから腹を立てることもない。


「チケットの売れ方マジで良いよお。不死身のスクラに、最強のベネット、雷拳のジャガナ。有名どころの奴隷闘士が粗悪品のブラックボックスを片手に命を賭けて自由を求め戦う! 円形闘技場コロッセオが満員になるなんて久しぶりじゃんね」


 オーナーはにっこりと笑った。


「今日はぐっすり寝れるように、特別に四人部屋を用意しておいた。最高のパフォーマンスを発揮して死んでくれ。最後の晩餐を楽しむといいじゃんね」



 ◇◇◇



 最後の晩餐というのは本気だったらしい。

 四人部屋には既に豪華な食事が運び込まれており、良い匂いがスクラの鼻孔をくすぐる。


「あまり食べすぎるなよ。明日に響く」

「分かってる」


 ベネットの忠告を聞き流して、スクラはデッポチャッポ産のシチューをガツガツと食べる。なぜか隣に座ってこちらを見て微笑んでいるジャガナが気になったが、それより今はシチューのほうが大事だ。スクラがシチューに夢中になっている間に、ベネットが真剣な口調で口火を切った。


「それで? バルグ、何か策があるんだろうな?」

「しゃく? ぶったぎってたおすだけじゃひゃいの?」

「スクラ、あなた、食べながら話すのをやめなさい」

「ひゃい」


 ジャガナに怒られ、スクラは口を閉じてもぐもぐと咀嚼する。シチューを飲み込むと、スクラは次のシチューの皿を手に取った。食べながらバルグとベネットとの話を聞くことにする。


「バルグ、十二歳だったお前が国王になると宣言してから五年が経った。夢から覚めるには充分な時間だったが、結論としてお前は今、解放戦に挑戦しようとしている。つまり、なにか必勝の策を思いついたんだな? ここには他の連中はいない。もう喋っても良いだろう?」

「ベネット、貴様、なかなか頭が回るじゃないか」


 五年の月日が経ったが、バルグの身長はあまり伸びなかった。身長150センチメートル前後のバルグと190センチメートルのベネットを見比べると子供と大人のようだとスクラは思う。実際に子供と大人なのだが。しかし、今、話の主導権を握っているのは子供のバルグのほうだった。

 バルグは口角を上げると、得意気に宣言した。


「解放戦に対する策は、全く、無い。得られた情報が皆無だからだ」

「お、おま……」


 まあそうだろうな、とスクラは思った。奴隷身分では得られる情報などたかが知れている。未だに解放戦で何と戦うのかすら分かっていないのだ。奴隷闘士の戦う相手は、同じ箱遣いか、もしくは捕獲された黒獣あたりの二択が相場だが、単純にそれらと戦うのであれば、死亡率100%の説明がつかない。

 スクラは、もしかしたら箱遣いが二十人ぐらい対戦相手として出てくるのではないかと想像している。


 絶句してパクパクと口を開いているベネットの反応が少し面白い。スクラは他人事のように思った。

 とはいえバルグにも考えがあるだろう。スクラはシチューを食べながら視線を送ってバルグに続きを促す。


「まあ慌てるなよベネット。策が無いのは、解放戦に対してだけだ。セーフティネットは当然ある」

「セーフティネット?」

「解放戦に挑戦してみてダメそうだったらそのまま脱走する」

「結局脱走するんじゃねえか!」


 机をドンと叩いて抗議するベネットの反応が少し面白い。スクラは他人事のように思った。


「もちろん解放戦に勝つのが最善だ。だが、次善の策があるに越したことはない。そうだろう?」

「そりゃあそうだがよ。そもそも円形闘技場コロッセオからどうやって脱出するつもりだ?」

「僕の拡張ボックス技能スキルを使う」

「? バルグの拡張ボックス技能スキルって幻影じゃないの?」


 スクラは口を挟んだ。

 バルグの戦いは何度か見たことがある。勝敗はまあ、勝ったり、負けたりで、ここにいる三人ほどには勝率は高くない。スクラは、バルグが拡張ボックス技能スキルで作り出した残像で、当たったはずの攻撃を回避するのを何度か見たことがあった。


「実のところ、違う。僕の拡張ボックス技能スキル『まどろむ猫は箱の中』は、物体をすり抜ける能力だ」

「物体を……すり抜ける?」


 スクラとベネットは顔を見合わせた。それが本当なら、ブラックボックスを装備したバルグは、容易にここから脱走できる手段を持っていることになる。

 何故今まで使わなかったのだろう。同じ疑問を持ったであろうベネットがバルグに問いかける。


「そんな便利な能力なら、何故まだ脱走してないんだ?」

「だから言っただろう。最善は解放戦に勝利することだからだ。ベネット、貴様が言ったことだぞ。奴隷身分よりも自由身分のほうが選択肢が多く、教会が追ってくることもない」

「そうか、そうだったな……。その能力は、俺たちを逃がすことにも使えるんだな?」

「もちろんだ」


 つまり、バルグの言いたいことはこうだ。

 解放戦で勝利を目指すが、失敗した場合は生存を優先してバルグの拡張ボックス技能スキルで脱走する。どちらの場合でも、スクラたち四人が死ぬことはない。


「戦うか逃げるかの判断はどうするの?」

「僕が決める。前衛はスクラ、貴様だ。初見の相手の戦力を見極めるために、スクラの拡張ボックス技能スキルは僕が決めた」

「分かった」


 スクラの拡張ボックス技能スキル『不死の従者』の再生能力ならば、解放戦の対戦相手が初見殺しの技を持っていても、生き残る確率は高い。

 バルグの提案は妥当に思えた。それに、闘技場で戦い続ける限り、いつかは死ぬのだ。追われながら外で逃げる生活も、今と比べてさほど悪くはならないだろう。


「俺はバルグの提案に乗ったよ」「あたしも」「俺もだ」


 バルグが差し出した拳に、スクラ、ベネット、ジャガナが拳を重ねる。


「絶対に四人でここを出るぞ」


 バルグの真剣な声に、三人は深く頷いた。

 生き残って、外に出るのだ、絶対に。



 ◇◇◇



「さあ、ついに解放戦の日だ! 本日の命知らずはこの四人だ! ベネット! スクラ! ジャガナ! バルグ!」


 観客の歓声が、今日はいつもよりも大きい。


「うおおおおおお!」「スクラ頑張れよ!」「ベネット、負けるんじゃねえぞ!」


 四人はそれぞれブラックボックスを装備して構えた。

 スクラは『剣闘士』のブラックボックスで剣と盾を。

 バルグは『銃使い』のブラックボックスで銃を。

 ベネットは『狙撃手』のブラックボックスでキューブ状の弾丸を。

 ジャガナは『格闘家』のブラックボックスで拳と脚を。


 ブラックボックスの外部拡張脳によって、スクラの感覚が研ぎ澄まされていく。

 未だに、対戦相手の姿は見えない。

 司会が叫ぶ。


「一匹の黒獣を倒せば、晴れてこの四人は自由の身となります! 対黒獣戦の基本ルールを適用し、黒獣が顕現した時点で試合開始だ!」


 一匹? 一匹だって?

 スクラは戸惑った。こちらは四人編成だ。黒獣を一匹相手にするだけなら、いつもの一対一の決闘よりも余程楽ができる。


「スクラ! 油断するなよ!」

「分かった」


 バルグに忠告されて集中を取り戻す。

 スクラにとって、王の言葉は絶対だ。バルグの命令に従う限り、スクラが負けることは無い。


 スクラが前方を見据えていると、やがて警備兵たちが闘技場の出入り口から一つのブラックボックスを投げ入れた。

 すぐに警備兵たちは出入り口を封鎖して、闘技場にはスクラたち四人と一つのブラックボックスだけが残る。


 投げ込まれたわずか1立方センチメートルのブラックボックスが、ひとりでに増殖し始めた。

 スクラが黒獣について知っていることはほとんど無い。

 知っているのは、黒獣がブラックボックスとして保管されていること、覚醒時に獣の形状に変化すること、様々な形状の黒獣が存在すること、人間よりも膂力があること。


 増殖したブラックボックスは、やがて一つの黒獣の姿を形作った。

 シルエットは人間に近い。人間の身体に、牙、長い爪、尖った尻尾をつけたような形状をしている。スクラが見たことのないタイプだった。スクラが見たことのある黒獣は全て四足歩行だったが、これは二足歩行だ。

 やりやすい、とスクラは思う。二足歩行ならば、通常の箱遣いを相手にするのと同様の戦闘技術を使える。


「それでは! 試合開始!」


 スクラは黒獣に向けて駆けた。前衛としての役割を充分に果たさなくてはならない。


「ギギ、ギギギギ」


 黒獣がスクラを認識して威嚇の声を上げる。

 スクラは黒獣に剣で斬りかかった。直撃するが、硬い。わずかに黒獣に傷をつけたに留まる。

 黒獣が片腕を振りかぶって爪でスクラに襲いかかる。スクラは冷静に左腕の盾で爪を防御、その瞬間、右腕に痛みが走った。


 右腕が、黒獣の尻尾に貫かれている。スクラの右腕が、力を失ってだらりとぶら下がった。

 尖った尻尾は攻撃に使えるのか。前衛として対手の情報を得るのがスクラの役割だ。即座に拡張ボックス技能スキルを起動。


拡張ボックス技能スキル、『不死の従者』」


 即座にスクラの右腕が再生――しなかった。

 再生、しない。

 ぞわりと、スクラの全身を悪寒が走る。


「みんな気を付けて! 拡張ボックス技能スキルが使えない!」

「僕の拡張ボックス技能スキルも使用できない! どういうことだ!?」

「正気か、あの眼帯野郎!」


 ベネットの悲鳴のような叫び。


妨害黒獣ブレーカー! 周囲の箱遣いの拡張ボックス技能スキルの発動を妨害する黒獣だ!」


 拡張ボックス技能スキルを使えない。つまり、バルグの『まどろむ猫は箱の中』による脱走もできない。

 スクラは片腕の盾で二度、三度と黒獣の攻撃を弾くが、捌ききれない。


「……あ」


 スクラは見た。黒獣の爪がスクラに振り下ろされるのを。



 ◇◇◇



「いやあ、魅せるじゃんね」


 眼帯の男、闘技場のオーナーは嗤いながら、四人が戦う姿を見下ろす。

 いかに優れた箱遣いであろうと、拡張ボックス技能スキルを封じられたら黒獣に勝てる手段は存在しない。強すぎる黒獣は後始末に困るために解放戦以外で使うことはない。あの四人にとっては、高位黒獣が出てくるのは完全に想定外だったろう。

 前回の解放戦で妨害黒獣ブレーカーを出した時は、解放戦後に再び封印するために三十人ほどの奴隷闘士が死んだ。三十人程度なら、解放戦で使うのは採算が合う。


「さあさあ、なるべく抵抗して、派手に死んで、観客を楽しませるじゃんね」

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