第2話 拡張技能

「スクラ、貴様の拡張ボックス技能スキルは僕が決める」

「分かった」


 バルグの傲慢な発言に、スクラは即答した。

 拡張ボックス技能スキルは脳機能を拡張した結果として出力される超能力だ。ブラックボックスの演算処理によって拡張する部分をコントロールすれば、ある程度拡張ボックス技能スキルの能力を決めることができる。もっとも、繰り返し同じ拡張ボックス技能スキルを使うことで脳が覚えてしまうと、以降は一つの拡張ボックス技能スキルしか使えなくなる。他人に能力の方向を決めさせることは本来はあり得ない。


「……いいのか?」

「あんたが俺の王なんだろ。俺の脳ぐらい好きに使ってくれていいよ」


 バルグは尊大な態度のわりに、スクラの返事に狼狽えたようだった。

 ゴホンとわざとらしい咳をして気を取り直すと、改めてスクラと目を合わせる。


「スクラ、貴様は生涯僕の家来として使ってやる。だから、拡張ボックス技能スキルは、これがベストだ。第一の家来は、最強の護衛である必要があるからな」


 バルグが提案した拡張ボックス技能スキルは、スクラにとっては意外なものだった。



 ◇◇◇



拡張ボックス技能スキル、『不死の従者』」


 スクラの拡張ボックス技能スキルが発動し、肉体が再生していく。

 不死身のスクラの二つ名は比喩ではない。実際に拡張ボックス技能スキルによる驚異的な再生能力を持つことから自然に呼ばれるようになった二つ名だ。

 火炎で焼け焦げながらも再生を続けて前進、相手の拡張ボックス技能スキルの発動が終わると、こちらを見て恐怖する対戦相手と目が合った。


「ば、化け物……」

「光栄だな。俺はバルグを護る怪物だ」


 短く返答すると、スクラは対戦相手を一刀のもとに斬り伏せた。

 鮮血を撒き散らして、倒れる敵。試合終了の合図が鳴る。


「そこまで! 勝者、スクラ!」


 スクラが拳を上げると、歓声があがった。


「うおおおおお!」「やっぱスクラ強ぇ!」「スクラくんこっち向いてー!」


 この歓声を聞くのも、今日で最後かもしれない。何故なら、次の試合が、スクラにとって最後になる試合だからだ。


「おおっとここでビッグニュースだ! 今日の勝利者のスクラの次の試合が早くも決まったぞ! なんと! 本人の希望により、次はまさかの解放戦だ! チケット予約は本日開始だ! 乗り遅れるなよ!」


 観客の反応は凄まじかった。

 怒声、歓声、悲鳴、様々な感情が入り乱れる。しかし、全員が同じ結論に達した。スクラの引退試合を観たい。

 解放戦に挑戦した奴隷闘士は全員が命を落としている。命を賭けて自由を求める解放戦は、観客たちにとっては最高の娯楽なのだ。

 自然と、スクラに最高の試合を期待するコールが巻き上がった。


「スークーラ! スークーラ! スークーラ!」


 スクラはもう観客たちを羨望の瞳では見ない。

 次の試合で、スクラは外に行くのだ。

 決意を固めていると、ふと誰かの声が耳に入った。


 ”素晴らしい。240年ぶりの適合者です”


 近い場所から声が聞こえてスクラはぎょっとする。

 スクラはブラックボックスを凝視した。この箱が、喋ったように思えたのだ。

 もちろんそんなことはあるはずがない。喋るブラックボックスなど聞いたことがない。疲れているのかもしれない。スクラは気にしないことにして、歓声を背に闘技場を退場した。



 ◇◇◇



「またムチャな戦い方して」


 試合が終わると勝利者には、食堂で希望の食事を与えられる。

 スクラが食堂でレッキーバッカ産のシチューを食べていると、冷たい表情をした少女に声をかけられた。奴隷闘士のジャガナ・リコーテイルだ。スクラと同い年の十七歳の少女は、スクラを嫌っている節があるのに何故かよく話しかけてくる。


「あの炎はわざと当たったんだよ」

「わざと? どうして?」

「バルグの指示。拡張ボックス技能スキルは使えば使うほど練度が上がるからってさ」


 スクラの返答にジャガナは顔をしかめる。


「普通じゃない。バルグも、あなたも」

「普通じゃないから、辿り着ける場所もある」

「……解放戦、本当に挑戦するの?」

「する」

「絶対に死ぬよ」

「それでもする」


 スクラが断言すると、二人の間に沈黙が落ちる。普段ははっきりとした物言いをする少女は珍しくもじもじとしていたが、やがて意を決したようにスクラに問いかけた。心なしか頬が赤くなっているように見える。


「どうしてそんなに外に出たがるの? ……もし、もしさ、女に飢えてるとかだったら、仕方がないから、わたしが相手してあげても……」

「聞きたいの!? なぜ俺が外に出たいのか!」


 ジャガナの質問にスクラが食い気味に答えると、ジャガナは態度を変え、スンとした表情ですげなく答えた。


「聞きたくない。別に外に出たくない」

「外に出たくない? じゃあなんで解放戦を手伝ってくれるのさ」


 この円形闘技場コロッセオの解放戦はレイドだ。四人一組で挑戦しないとそもそも受けられないシステムになっている。バルグが申請した解放戦のメンバーは、バルグ、スクラ、そして三人目にジャガナが名前を連ねていた。ジャガナの箱遣いとしての強さはスクラもよく知っている。納得の人選だった。


「それは! あなたが! ……もう知らない!」

「ええ……?」

「お嬢ちゃん、この朴念仁には、もっとはっきり言ってやったほうがいい」


 ジャガナの態度にスクラが戸惑っていると、解放戦の四人目のメンバーが声をかけてきた。ベネット・ロッドフォード、気怠げな態度とは裏腹に、闘技場で無敗を誇る最強の箱遣いだ。

 ベネットの意見にジャガナは口を尖らせて答えた。


「別にいい。解放戦に勝って自由の身になったらいくらでも言う機会はある」

「勝てる訳がねえだろう」


 ベネットの諦めを孕んだ声に、スクラは目を剥いた。


「勝てる訳がないぃぃ? じゃあベネットはなんで解放戦に参加するんだよ」

「疲れたからだ」


 ベネットは、何か重いものを背負っているかのように、押し潰されそうな表情で吐き出した。


「もう、見送るのはゴメンだ。最強だなんだと言われて、無様に生き残って、好きだった連中をずっと見送ってきた。もう疲れたんだよ。俺も、もう、終わろうと思う」

「バルグを信じていないの?」

「信じているのはお前だけだ」

「なら、自分を信じろ。あんたは最強の箱遣いだろう」


 スクラが最も信じているのはバルグだが、最も強いと思っているのはベネットだ。数日後には解放戦に挑むというのに、最強の箱遣いが、こんなに弱気では困るのだ。

 どうにかして、ベネットのモチベーションを上げないといけない。

 スクラは考え込むと、妙案を思い付いた。


「ベネット、マイケルを覚えている? ヒューバートといつも一緒にいた奴さ」

「忘れる訳がねえだろう。……二人とも、解放戦に挑んで死んだ」

「あの二人は行きたいところがあるって言ってただろう。二人の代わりに、解放戦で勝利した俺たちが行ってやるってのはどうだろう? 二人だけじゃない、死んでいった奴らの願いを俺たちが代わりに叶えてやるのは、供養になるんじゃないか?」

「それは、そうかもしれねえが……。お前、あいつらがどこに行きたいって言ってたか覚えていてその発言してるんだろうな?」

「覚えてるさ」


 スクラは自信満々に答えた。


「たしか、ふーぞくがい?ってやつだろう」

「ダ、ダメ!」


 ジャガナが慌てたようにスクラを止める。そこでようやくスクラは気が付いた。外に興味が無いジャガナがなぜ解放戦に挑戦するのか、なぜスクラがふーぞくがいに行くのを止めるのか。スクラにはふーぞくがいが何か分からないが、ジャガナの気持ちは分かる。


「安心しろよジャガナ。仲間外れにはしない。一緒に行こう、ふーぞくがい」

「バカァァァァ!」


 パシーン!と綺麗にスクラの頬に平手打ちすると、ジャガナは怒って去っていった。

 痛む左頬を手で抑えながら、ベネットと目を合わせる。


「俺が悪いの?」

「クックック。お前が悪い」


 ベネットはこみ上げる笑いを抑えるように静かに笑う。そして、ポツリと呟いた。


「悪くはねえかもな。死んでいった奴らの供養」

「だろう?」


 どちらともなく、スクラとベネットは拳と拳を突き合わせる。


「四人で必ずここを出るぞ」

「おう」

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