ブラック・ボックス・チルドレン~奴隷闘士たちが成り上がって超大国を築き上げる!~

台東クロウ

第1話 スクラとバルグ

 スクラがバルグ・オーガミリオンに出会ったのは、忘れもしない、五年前のことだ。


「僕は国王になる!」


 スクラは生まれた時から奴隷身分で、円形闘技場コロッセオの外に出たことがない。ギッシリと他の奴隷たちが詰まった粗末な牢屋で寝起きしているため、いつも寝る場所を探すのに苦労していた。

 今日も安眠を得るために場所の確保に勤しんでいるところで、少年の声が牢屋に響いた。


 国王になる、と叫んだのは、この小さな牢屋の新入りである。名は、たしかバルグと言ったか。

 奴隷たちはバルグの宣言を聞いて顔を見合わせると、一斉に爆笑した。


「ガハハハハ!」「坊主、気でも違ったか!」「お前が国王なら俺たちをここから出してくれよ!」


 奴隷たちの言葉を受けてバルグは鷹揚に頷くと、偉そうに嘯く。


「当然、ここから出してやるよ。僕の家来になるならな」


 さらに大きな爆笑が上がった。

 奴隷たちにはスクラも可愛がって貰っている。別に悪い連中ではない。笑って馬鹿にしているというよりは、純粋に冗談だと思っているのだろう。

 奴隷闘士が外に出れることは一生無い。円形闘技場コロッセオで戦い、勝利して、ちょっとした褒美の飯を貰い、それを繰り返していつかは死ぬ。それだけだ。


「これを見ても笑ってられるか?」


 バルグが胸元から豪奢なペンダントを取り出したのを見て、奴隷たちの笑い声は止まった。


「おいおいマジかよ」「本物か?」「あれ何?」


 最後のはスクラの呟きだ。スクラはずっとこの円形闘技場コロッセオに住んでいるため、外の事情には詳しくない。

 スクラは隣にいたベネット・ロッドフォードに、バルグが取り出したものが何かを問うた。

 ベネットはスクラより二回りは歳上の壮年の男だ。奴隷闘士として戦うこの男が負けるところを、スクラは見たことがない。ブラックボックスの扱いが誰よりも上手く、物知りなベネットは、奴隷たちの信頼を一身に集めていた。

 ベネットは顎髭を擦りながらバルグが掲げるペンダントをジッと観察する。


「翼の生えた獅子の意匠、オーガミリオン家の紋章だな」

「偉い人なの?」

「偉いなんてもんじゃねえ。あれが本物なら、十年前に黒獣に滅ぼされた大国ガリアの正統後継者ってことになる」

「ふうん」


 だんだんとスクラには難しい話になってきて、曖昧に頷く。

 その、既に滅んだ国の後継者だとして、それがいったい何の役に立つのだろう。ここに放り込まれたということは、バルグも結局のところは奴隷身分に堕ちたということだ。一生外に出られないのに、外での地位を誇って、何をしようと言うのだろうか。

 最初はペンダントにざわついていた奴隷たちも、徐々に落ち着いてくる。交わす言葉に混じるのは、同情の声だ。可哀想にな、と誰かが呟いた。


 どう対応して良いか分からない。こういう時は、リーダーに任せるべきだ。奴隷たちの視線がベネットに集まる。ベネットはため息をつくと、地べたから立ち上がり、バルグに近づいた。


「僕はバルグ・オーガミリオンだ。貴様は?」

「ベネット・ロッドフォード。坊主、ここではもう、そのペンダントは忘れたほうがいい」

「忘れる? 何故だ」

「俺たちは奴隷闘士だ。円形闘技場コロッセオで戦い、観客を楽しませ、クソみたいな人生を送りながらいずれどこかで死ぬ。育ちの良さが役に立つことなんざ、もう一生ねえんだ」


 ベネットの言う通りだった。ここでは身分の良さは関係ない。箱遣いとしての練度だけが、長生き出来るかどうかを決める。偉い人だったとしても、ここに墜ちてしまえば、強いか弱いかだけが運命を決めるのだ。


「ハッ。分かっていないようだから、もう一度言ってやろう!」


 ベネットの忠告を、バルグは、鼻で笑った。


「僕は国王になる! まずは手始めに、この円形闘技場コロッセオの外に出る!」


 外に出る。

 先ほども、バルグはそう言っていた。

 スクラは、自分の胸が高鳴っているのを確かに自覚していた。スクラは生まれついての奴隷身分だ。外を知ることもなく、物心つく頃にはこの円形闘技場コロッセオで雑用として働いていた。身体が成長してきた二年前からは、奴隷闘士として命を賭けて戦っている。

 一度でも良いから、外の光景を見てみたい。


 ベネットが呆れたようにバルグに尋ねる。


「外に出るって、どうやって? 上手く脱走できたとしても、身分証明も出来ない奴隷を雇ってくれるところなんざ、どこにもねえぞ。奴隷が不法に脱走したら、教会の連中だって追ってくる。逃げ切れるわけがねえ」

「誰が脱走すると言った? あるだろう、この円形闘技場コロッセオには、奴隷が正々堂々と自由身分になれる方法が」

「! まさか、お前、解放戦に挑むつもりか!?」


 奴隷身分でも、解放戦に挑んで勝利すれば、自由になれると言われている。

 言われているというのは、未だかつて、誰も解放戦に勝利したことが無いから、事実かどうか分からないのだ。解放戦で何と戦うのかすらスクラには分からない。否、この場の誰も分からないだろう。通常の箱遣いや黒獣と戦う訳ではないのは確かだが、奴隷身分は誰も解放戦を見学できないのだ。スクラは、何人も、解放戦に挑んで死んだ者たちを見送ってきた。


「やめろ。絶対に死ぬ」


 ベネットの声は、本気の制止だった。スクラからすると最強に見える拡張ボックス技能スキルを持つベネットでさえ、解放戦には挑戦していないのだ。それほどに恐ろしいモノが待ち受けていると、奴隷闘士の誰もが心のどこかで感じている。


「やめない。絶対に死なない」


 バルグの声もまた、本気だった。真剣な瞳で、奴隷たちを見据える。


「僕は諦めるのが嫌いだ。だが、それを貴様たちに押し付けるつもりはない。僕が欲しいのは、同じ志を持つ仲間だからだ」


 バルグのどこまでも透き通る青い瞳に、スクラは、心が射抜かれたのを感じた。


「一生このまま奴隷身分でいるつもりか? 悔しくはないのか? 僕についてくれば、面白い光景を見せてやる。僕が王になるまでの覇道ロードを、特等席で見たくはないか?」


 外に、出る。面白い光景が、見れる。

 スクラの心に、徐々にバルグの言葉が染み渡っていく。


「僕が解放戦に勝って自由身分になったら、必ず僕の家来も金を積んで自由にしてやる。だから」


 バルグの熱を感じる言葉に、奴隷たちは何も言えずにいつの間にか熱心に聞いている。


「黙って解放戦に協力しろ」


 バルグが啖呵を切ったあと、静寂が訪れた。ベネットも、奴隷たちも、黙りこくっている。その静寂を破ったのは、スクラだった。


「外に……出れるの?」


 スクラとバルグの目が合う。

 バルグが、ニヤリと口角を上げた。


「ああ、もちろんだ。貴様の名前は?」

「スクラ。ただのスクラだ。外に出れるなら、バルグ、俺はあんたに協力するよ」

「スクラか。よし、スクラ、お前は家来第一号だ。僕のことは畏敬を込めて国王と呼べ」

「分かった。よろしく、バルグ」

「おい、早くもちょっと反抗的じゃないか!?」



 ◇◇◇



「さあ、本日の目玉試合だ! 不死身の箱遣い、スクラ! 入場ォォォォッ!」


 観客たちの歓声を浴びながら、今日もスクラは試合に出る。

 円形闘技場コロッセオに入場して、対戦相手と対峙。最近は黒獣と戦うことが多かったが、今日の対戦相手はスクラと同じ箱遣いのようだった。


 スクラは観客席のほうを見上げる。

 闘技場を囲うように配置されている観客席は、安全を考慮してか10メートルほどの高さに置かれている。箱遣いなら登れない高さではないが、何もないように見える闘技場と観客席の間には、実は透明な障壁が張られており、奴隷闘士は絶対に観客席に辿り着けないようになっている。


 見えているが、そこには行けない。

 スクラにとって、外とはつまり、そういう場所だった。

 安全圏からスクラを見下ろす観客を楽しませるために、スクラは今日も戦う。


 スクラを応援する声に軽く手を上げて応えると、応援の声がさらに大きくなる。

 他の奴隷闘士は闘技場で戦うのを嫌がるが、スクラはむしろこの時間が一番好きだった。

 観客席を見上げながら、それぞれの観客たちがどこから来たのかを想像する。外の連中には家というものがあって、どうやらそこは、牢屋よりも広い場所らしい。家族という血の繋がりによって一緒に暮らしていて、親、というものが、子を育てるらしい。そういう家というものが沢山あって、町というものが出来るらしい。


 観客を見ながら想像を広げている時間は、とても楽しい。

 バルグと出会ってから五年が経つ。計画は順調だと聞いている。

 いつかバルグと一緒に外に出る時は、まずは町というものを見たいと思う。


「スクラ、いつものようにブラックボックスをここに置く。警備兵が闘技場から出てから装備しろ」


 警備兵に声をかけられて、スクラの想像の集中が途絶えた。

 そろそろ試合開始の時間らしい。

 内心でため息をつきながら、分かりました、と承諾の返事をする。

 警備兵が退場するのを見送ってから、スクラは闘技場の床に置かれたブラックボックスを手に取った。


 ブラックボックス

 わずか1立方センチメートルのこの黒い立方体が、奴隷闘士の武器だ。


「起きろ、ガルディゲイト」


 ブラックボックスを起動すると、瞬く間に箱の体積が増殖していく。ただの黒い箱は増殖に伴って、一つの武器と、一つの防具を形作った。黒い剣と、黒い盾。

 対戦相手も無言でブラックボックスを起動して、同じく剣と盾を顕現させる。


「さあ、本日の闘技者が選んだのは、『剣闘士』のブラックボックス、ガルディゲイト後期07型! 量産型だが、優れた一品だ! 果たしてどちらがこいつをより上手く使いこなせるのか!」


 司会の声が闘技場に響く。

 ブラックボックスには大きく分けて二つの機能がある。形状変化アームズと、拡張技能スキルだ。

 技能が箱遣い固有の能力なのに対して、形状はブラックボックスごとに固定された機能だ。

『剣闘士』のブラックボックスの形状は、剣と盾。無骨ながらも無難に使い勝手が良く、これを愛用する奴隷闘士は多い。スクラも、ガルディゲイトを好んで使っていた。


 スクラと対戦相手が、剣と盾を構える。

 ブラックボックスを起動して接続したことによって、スクラの感覚が急速に研ぎ澄まされていく。

 試合開始の合図も、スクラにはスローモーションに聞こえた。


「それでは! 試合開始!」


 試合開始と同時に踏み込み、剣を上段から振るう。

 対戦相手の男は既に、スクラの剣の軌道の先に盾を構えていた。こちらの攻撃を予測したような動きは、箱遣い特有のものだ。ブラックボックスは接続している間は外部拡張脳として機能する。素人ですら、ブラックボックスの戦闘演算を使えばある程度の未来予測が可能になるのだ。


 しかし、攻撃を予測できたとしても、上手く受けられるかは箱遣いの技量に左右される。

 スクラの剛腕による一太刀が相手の盾とぶつかると、ガキン!と大きく音が鳴り、相手は大きくよろけた。

 幼い頃から奴隷闘士として鍛え上げているスクラの豪剣を受けられる者はそうはいない。スクラは慣れた手つきでトドメを刺そうとさらに踏み込み、ブラックボックスの戦闘演算がアラートを上げるのを聞いた。


拡張ボックス技能スキル、『燃え盛る大空』」


 ブラックボックスの外部拡張脳は、その名の通り、人間の脳機能を拡張する。思考を加速させ、感覚を研ぎ澄まさせ、そして、かつて超能力と呼ばれた人類の一つの到達点さえも拡張するのだ。拡張ボックス技能スキルとはつまり、箱遣いそれぞれが持つ固有の特殊能力である。


 豪炎。

 対戦相手の発火能力パイロキネシスによって黒剣から吹き出た炎が、スクラに直撃した。

 スクラの上半身が燃え盛り、炭化していく。観客席から悲鳴が上がった。

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