ポインセチアの奇跡
桑鶴七緒
ポインセチアの奇跡
僕はクリスマスが嫌いだ。
とにかくこの時期になると街は一気にサーディンランのように人の群れで溢れかえる。
1番気に入らないのがカップルだ。
皮肉にも聞こえると思うが、そいつらの生態系が全く分からない。むしろここまでくると自分の素性がバレバレになっている。
過去に付き合っていた人はいたが、価値観の違いということもありあまり良い縁で終えれなかった。
その事が思い浮かぶだけでため息が出る。
さて、休憩時間も終わりが近い。売り場に戻ろう。
僕はデパートの玩具コーナーで接客を担当している。12月に入り、客足もそこそこ増えてきた。
家族連れの客が笑顔でレジにやってきた。
子どもはアドベントカレンダーを抱き抱えて僕に差し出してきた。
「お願いします」
「お預かりします。ご自宅用ですか?」
「はい。できればクリスマス用の包装紙で包んでほしいんですが…」
「はい。承ります。」
子どもが僕の顔を見上げて微笑んでいる。
無邪気で羨ましいよ。
会計後に包装して、客に手渡すとお辞儀をして売り場を後にした。
続いて別の客がやってきた。
ゲッ、僕の苦手なカップルだ。しかも高校生。
今時珍しくテディベアを持っていた。
「クリスマス用でラッピングしてください」「かしこまりました」
数分後に2人に手渡すとお互いに見つめ合い嬉しそうに去って行った。こうしてたまにカップルの客が来ると冷や汗をかく。
ああ、何リットル分の汗が出たことか。
畜生。気が小さい自分に苛立ちを覚える。
しばらくしてレジカウンターから離れ、売り場の陳列をしていると、ある客が僕に近づいてきた。
70代くらいの老夫婦だろうか。何かを抱えて尋ねられた。
「あの。ちょっとお願いしたい事がありまして。」
「いかがされました?」
「この花をあなたに差し上げたいんです。」
「誠に申し訳ございません。そのような対応はでき兼ねません」
「困ったなぁ…入院しているうちの孫に渡す予定で買ったんだけど、病院側から断られてしまってね。引き取り手を探していたんです」
「責任者に問い合わせてみますので、お時間いただけますか?」
僕はバックヤードにいる係長に事情を説明した。すると意外な返答がきた。
「それなら、お前が引き取れよ。」
「は?僕ですか?」
「他に当てがいないからそっちに尋ねてきたんだし。まぁクリスマスプレゼントだと思ってもらってあげたら?」
通常なら断る係長も何故か心が広い素振りを見せてきた。何か悪いものでも食べたのかと言ってやりたかったが仕方あるまい。引き取るか。
再び老夫婦の元に戻り僕が受け取る事を伝えると2人は安堵した表情を浮かべていた。
「本当にありがとうございます。できるだけ陽当たりの良いところに置いて、3日おきに水もあげてください。良い引き取り手の方に会えて良かった。」
「いえ。ちなみにこの花は?」
「ポインセチアです」
「ポインセチア…では引き取りますね」
「あと差し出がましいでしょうが…あなたにとって良いクリスマスとなりますように…」
「ありがとうございます」
老夫婦は
レジカウンターにいる他の同僚に声をかけて、バックヤードから従業員用の階段を下り、更衣室のロッカーの中にポインセチアを入れた。
これは人助けというものをしたような事になるのだろうか。
数時間後、閉店になりレジ精算を終えタイムカードを打ち、退勤してロッカーで着替えて店を出た。
最寄りの駅まで歩いていき、構内のホームで電車を待っていた。なんとなく人目が気になり周りを見ると、数人が僕の抱えているポインセチアに目を向けていた。
そりゃ目立つよな。こんなに真っ赤に咲いた花を男が抱えているなんていう光景は物珍しいよ。
電車に乗って30分ほど経った頃に下車して、家に向かった。
「ただいま」
「おかえり…それどうしたの?」
「たまたま来てたお客さんからもらった。プレゼントにどうぞだって」
「あんたの部屋に置きなさいよ。」
「ああ」
出迎えくれた母も驚いていた。独身の息子がまさかの花を抱えて帰ってくるなんて思いもよらなかっただろう。
部屋の窓辺にポインセチアを置いて、服を着替えてから夕飯を食べた。再び部屋に戻ってベッドに寝転がった。
先程のポインセチアが気になり、机の上に置いて眺めていた。
「良いクリスマスになりますように、か。今年の売り上げもそこそこだから、できればお客さんがたくさん来て欲しいんだよな。」
何を独り言を呟いているんだか。花をそのまま置いて再びベッドの中に入って眠りについた。
翌日。デパートの近くまで歩いてくると、いつも以上に人だかりができていた。何事かと思いながら横目で通り過ぎて、売り場に向かった。
バックヤードのドアを開けた途端、見慣れない光景が目に入った。
売り場が人で埋め尽くされている。
掻き分けるようにレジカウンターに入ると、同僚らが対応がとどまらないからすぐに他のフロアからスタッフの増員をするように電話をしてくれと言ってきた。
まだクリスマス前なのに、何故こんなに客が来ているのか、訳が分からなかった。
キャッシャーやギフトラッピングの対応に追われて、あっという間に時間が過ぎていった。
今日だけではなかった。
ほぼ毎日売り場には人、人、人。
酸欠でもしそうなくらい対応に追われていった。もちろん売り上げも係長が納得する以上に全フロアの中でもトップになった。クリスマスの前々日からも忙しく働いていった。
そしてやってきた25日の当日。午後になると、一旦客足が引いて、スタッフもすぐさま順番に休憩に入っていった。
僕も休憩室に行って、ぐったりとしながら席に着いた。
しばらくすると、向かい隣に他のフロアにいる女性が座った。
「お疲れさまです」
「お疲れ、さまです…」
「玩具コーナーの方ですよね。連日お客さん来て凄い事になっているって」
「ええ。おかげで疲れ果てますよ」
「ちょっと待っててください」
女性が席を立ち、その数分後、何かを持ってきた。
「良かったらそれ、飲んでください」
「良いんですか?」
「コーヒー、飲めない?」
「いや。飲めます。ありがとうございます」
「いつもこの時間にお昼は入るんですか?」
「ええ、だいたいは」
「私もです。また、同じタイミングで入れたら声をかけても良いですか?」
「ああ、良い…ですよ」
そういうと女性は自分のフロアへ戻って行った。
割と目鼻立ちがハッキリとした意志の強そうな雰囲気だった。
…というか、僕でいいのか?
これは、正直になって話し相手になっていいのか?心の底から聞いたことのない電子楽器のような鼓動が鳴っていた。
休憩が終わって売り場に戻り、溢れかえる人の中で僕は閉店時間の間際まで対応に追われていった。
翌朝、目が覚めて窓際のポインセチアに水をあげた。あの老夫婦からもらってから3週間は経っているのに、今だに花は元気に咲いている。
意外と生命力が強いんだな。
気づけば今年のクリスマスも終わった。
不思議なくらい忙しくてしっかりと仕事をしたっていう感じだった。
結局誰からもプレゼントやケーキやら何にももらうことはなかった。毎度ながらのイベントをスルーして時間だけが過ぎていった。
またため息が溢れた。そろそろ出勤時間だ、支度をしよう。
デパートに着くと正面入り口付近は閑散としていた。タイムカードを切り売り場に出ると、こちらもいつも通りの人気の少ない、静かな雰囲気が漂っていた。
同僚とも接客の合間に軽く雑談を交わしながら、クリスマス商品の片付けの作業に取り組んでいった。
休憩時間になり、更衣室にジャケットとバッグを持ち出し、外で昼飯を取った。
再び売り場に戻ろうした時、階段を登って行く途中、あの別のフロアにいる女性とすれ違った。
「今日は休憩室にいなかったんですね」
「外で昼を済ませました」
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「矢後と言います」
「私、真壁です。また後日休憩時間が一緒になったら、お話でもしませんか?」
「ええ。良いですよ」
「では。お疲れさまです」
そのまま階段を登っていき、バックヤードの棚にある在庫品の辺りに立ち止まりしばらく周りを眺めていた。
僕と一緒に話がしたい?
これって何の関係性を求めているんだ?顔がニヤついてなかなか表情が元に戻らない。
何だよ、しっかりしろよ。たかが、声をかけてきただけだ。過剰な期待はしないでほしい。
だけど…。声をかけてきたという事は多少は向こうもこちらを気にしてはいるんだな。
退勤後、従業員出入り口から外に出て、正面入り口の所に見た事のある人影に気がついた。
真壁さんだ。
「お疲れさまです」
「あぁ、お疲れさまです。今終わったんですね」
「ええ。待ち合わせしているんですか?」
「スマホを見ていただけ。矢後さん、よかったら駅までご一緒しませんか?」
「良いですよ」
しばらく駅までの道を2人で歩いていった。
彼女はデパートの化粧品コーナーを担当していて、昨日のクリスマスまで忙しかったと話していた。僅かな香水の香りが僕の鼻先にまで伝ってきた。
ニット系のプルオーバーにファー素材のジャケットを羽織り、ロングスカートにブーツを着込んでいる。
今時っぽいコーディネートで可愛らしく見えた。
女性と2人きりで並んで歩いてることなんて、何年振りだろう。
そう考えているうちに駅の構内に辿り着いた。
「僕、反対側のホームなんでここで失礼します。」
「矢後さん、渡したいものがある」
彼女はバッグから小さなギフト袋を取り出した。
「1日遅くなったけど、これクリスマスプレゼント。受け取ってください」
「良いんですか?」
「はい。」
「では…ありがとうございます」
「気をつけて帰ってくださいね」
「真壁さんも気をつけて。じゃあお疲れさまです」
改札口を抜けてホームに向かうと、ちょうど電車が停車した。
自宅に着いて、先程もらったプレゼントの袋を開けてみた。
中には手のひらに乗るくらいの小さな銀色のクリスマスツリーだった。
可愛いな。しかも僕にくれるなんて、なんだか嬉しくてまたもや顔が綻んできた。
ひとりぼっちのクリスマスになったかと思ったけど、こういう些細なことで運が巡ってきた事に、改めて彼女に感謝したいと思った。
クリスマスが嫌いだと言い続けていた僕。
窓辺のポインセチアが未だに咲いている。
今年は良い一年で締めれる年になりそうだ。
ポインセチアの奇跡 桑鶴七緒 @hyesu
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