28 輪廻
「どうですか?森で取れた山菜!」
「うん、美味しい」
「これは今朝焼いたパンなんですけど、ちょっと失敗しちゃって、こことか、凹んでるでしょう?」
「うん、うまい」
「お口に合いました?」
「ああ」
うふふと口を隠して笑うホタル。
川のほとりにあった木をなぎ倒して作った切り株に腰をかけて、バスケットに入った軽食を2人で並んで食べていた。よく晴れた空に鳥のさえずりが森を包む。涼しいそよ風がパンの香りを鼻へと運ぶ。
俺たちが何をしているのか形象するのであれば、それは正しくピクニックであった。1度迷い込んでしまったら最後、辺り一面鮮血を飛び散らして死ぬしかないと人々の間で恐れられていたここ鮮血の森で、優雅にピクニックを楽しんでいたのだ。
と言うか本来は水源調査の依頼と、マリーの言っていた魔物とやらを倒しに行くはずだったのだが、それを聞いたホタルが何を勘違いしたのか、バスケットや水筒といったピクニック用品を持ってきた。ちなみに俺の頭上には麻布がはられたパラソルのようなものが屹立している。いつの間に準備したのだろうか。
「ご主人様、肩に虫がとまってますよっ【水球】」
背後で強烈な爆発音が響く。あーありがとうと引きつった笑みを浮かべて背後を見ると、四肢がもげ胴体部分が数メートル先の根元に打ち付けられた巨大な蜂の魔物が生きた痕跡として残っていた。このように、道中で襲ってくる魔物は虫を払うかの如く瞬殺されるので、ここまで平和に森を散歩するだけに終わっているが、まじでビビるのでそういう殺し方はやめて欲しい。
「そういえば、邪神はあの後どうしたんだ?あれで完全に亡くなったんだよな?」
「そうですね。遺体の方は騎士団で調べたいと仰っていたので買い取って貰いました。」
「一体いくらで売れたんだ.....」
数日前、俺がマリーの顔を見に行っている間に、ホタルはホタルで大商談をしていたようだ。それにしても、一般人の俺でもわかるほどあの体には禍々しい空気が漂っていたけれど、そのままにして大丈夫だったのか...?
「その遺体なんだが...騎士団に渡して良かったのか?明らかに危なそうな代物だよな。」
「念の為邪悪な魔力は全て吸い取って置いたので大丈夫です。」
「あっ....そんなことも出来るのか....」
今更だけどホタルの万能さはチートだと思う。確実に敵には回さない方がいいだろうな。うん。迂闊に彼女の琴線に触れるようなことをして怒らせるのは絶対に避けよう。
「さて、川の麓までもうすぐだろうか?」
「そうですね、この辺りから魔力の流れも濃くなっていますので」
森を歩くこと2時間、途中で休憩を入れながらも、ホタルの移動速度を強化する魔法のおかげで予想していたよりも早く、川の水源近くまでたどり着いた。
「あーーあれかな」
「何かいますね」
「クソデカイな」
鬱蒼と生い茂る草木を抜けて、木々の開けた場所に出た。
そこには1本の巨大な木がうねうねと根っこを絡ませあいながらそびえ立っていた。その大きさは、10階建てビル程だろうか、なんならデカすぎて、ここにたどり着くまでに多分あれだろうなと目星はついていた。見上げると首が痛くなるぐらい巨大な大樹である。そしてゆっくりとうねっているところから見るに、おそらく魔物である。
「でか、、、、」
「明らかに大樹の魔力が染み出していますが。」
開けた空間には、水源となる大きな湖があった。そこに大樹が根を張り、吸い上げているのか何かを出しているのかわからんがとにかく自分のものだと言わんばかりに大切そうにして湖を覆っていた。
「ひとまず、資料確認するからホタルは周囲を警戒して─────」
その時だった。
大樹はホタル目掛けて巨大な根を叩きつけてきたのだ。
グシャリと鈍い音が聞こえた。
「ホタルっ!?!?!?!?」
◆◆◆
ドスン
「おーい!この柱、ここに置いとくぞ!!!」
身長の4倍はあるであろう木製の支柱を下ろすトレッド。朝から全力で体を動かしていたので彼のテンションは妙に高かった。
「ふぅ、だいぶいい汗かいたなぁ!!」
太陽はちょうど真上に来ており、トレッドがふわふわの白いタオルで汗を拭った後、ゴーンとちょうどよく鐘の音が鳴った。
「ちょっくら休憩するか。オレ一旦抜けるぜ!」
「昼食ですかい?それならそこにある差し入れ持って行ってくだせぇ!!」
「おお!ありがとな!!」
仲間から差し入れで貰ったサンドイッチを持って、どこか落ち着いて食べられる場所を探していたトレッド。喉も乾いたので、ついでに水飲み場へ寄って水筒の水も補充しておきたい。
「ん?なんだあの子?」
痛い、辛い、悲しい、悔しい、憎い、寂しい、卑しい、羨ましい、浅ましい、姦しい、恨めしい、腹立たしい.......
「まぢ....おなかすいたんだけど.....」
あーしの名前はブラデリア。久々のごはんに夢中になってたうちは、ごはんがごはんじゃなかったことに気づかなかった。あーしはそのまま首を斬られて、目が覚めたら.......魔力枯れて体が縮んでたんすけド!?
なんかしんないけど今うちの正体バレたらまじやばたんじゃん??どうすりゃいいわけ!?
ぐー
なんとか騎士団のイヤな部屋からは抜け出してきたケド、こんな体じゃなんもできないじゃん。頼れる相手なんているワケないし?もう身売りするしか無くね...?? でも今は、、、胸ないし。
乾いた血でカピカピになった腹をさすり、空腹を誤魔化そうとする。今の力じゃ人間はたべられないっしょ。その辺に足の遅いネズミでも転がってればいいのになーあ!
ぐー
「サンドイッチ、いるか?」
なんとも言えない喪失感に打ちのめされて、あーしにしては珍しく萎えてたとき、目の前にきんぱつのいけめんごはんが立ってた。しかも筋肉やまもり。
「えっ...??うち?」
「腹減ってんだろ?食うか?」
「いいの?いけめんごはん...」
「おう!食え食え!子供は沢山食って育つんだぜ!」
それじゃいただきま!がぶっ!
「いて!そっちじゃねえぞ!ごはんはこっちだよ!」
「うぐっ」
いけめんごはんの手...思ってたより硬かったし....うちの顎じゃ噛みきれない。
しょうがなくいけめんごはんが押し付けてきた変な匂いの塊を口に入れた。
「....袋ごと言ったな」
「悪くないじゃん。」
なぜだか少し空腹感が和らいだ気がした。これよくね?
「もう一個食うか?」
「あぐ」
「それにしてもなぁ、おまえなんで服着てないんだ?寒くねぇのかよ」
「まだあるっしょ?ちょーだい?」
「ほらよ、あとせめてこれ羽織ってろ」
そう言っていけめんごはんはふわふわのタオルをあーしに被せた。人間の汗の香りもして食欲が掻き立てられる。少しおなかが膨れたら人間も食べられるようになるんじゃね?
「あぐあぐ」
「それにしてもなんなんだ?さっきからこの辺で血が腐ったような臭いがする。また騒動でもあったのか?」
「!?まぢ失礼なんですけど?あーしはいい匂いだし!!」
「あ?もう食べ終わったのか?水飲むか?、飲むならいまから汲んで来るけど。」
「いる」
「んじゃ、待ってろ。」
なに、このごはんあーしにめちゃめちゃやさしいんですけど。今まで人間なんてうちを見るたび逃げ出すか襲いかかってきたってゆーのに、このごはんはなんでこんなにおいしそうなの??
もしかして、そんなにあーしに食べられたいごはんなの??まぢうける。かわいいかよ。
「いけめんごはん!うちも行くし。」
「さっきからその、いけなんとかってなんだ?」
「あんたにきまってんじゃん。まぢうける」
「オレはそんな名前じゃねーよ。トレッドだ。よろしくな!」
「いただきます」
「まだハラ減ってんのか..?えぇと、お前の名前は?」
「うちはブラデリ───!」
ブラデリアが名前を言いきろうとした時、復興作業に使っていた建材の山がガタガタと崩れ落ちた。
「おう!よろしくなブラ子!」
大きな声で笑う金髪の青年と白いタオルに包まれた金髪ロングの幼女。手を繋いで歩くその様子は、傍から見たら仲のいい兄弟のようだった。
◆◆◆
一瞬の出来事で背筋が凍りついたが、直後にホタルのよいしょーという声が聞こえ、土に埋まっていた大樹の根までみるみる浮き上がっていく。よかった。ホタルは無事なようだ。太くて長い根を抱えたホタルが腰を入れると、ブチンと鈍い音がして引きちぎれた。
「ホタルぱんちっ!!」
窮地(?)を脱したホタルは腰を低く落としたかと思うと、一瞬で大樹の3分の1程の高さまで跳躍する。その後強烈な打撃によって、大樹の太い幹にヒビを入れた。
「もはやスキルでもなんでも無いな、、」
そこからはもう怒涛の展開だった。単純な物理で大樹をなぎ倒し、暴れ回る根っこをなんかよく分からん魔法で拘束し、彼女がずわずわと名付けていた妖刀を振り回すことで千切りにして、最後に炎っぽい魔法であたりもろとも焼却した。ついでに赤かった湖も、ホタルが魔力を吸収することで見慣れた水と呼べるものに再生した。
「これで一件落着ですね!!」「お疲れ様。」
ホタルが大樹を焼却処分する間に、俺は水源調査の書類を記入し、サクッと冒険者ギルドの依頼も完了させた。調査というか、結果報告になりそうだ。
「すみませんが今日は冒険者依頼を受け付けておりませんので.....ってあれ?ユカリさん....とホタルさん?........あれっ?...あれ?」日帰りでクエストを終わらせ戻ってきた俺たちを見て、クラリーは何故か驚愕していた。この調子だと森の一部を焼け野原にしたという報告書を見せるのは忍びないな。
数日後。
「よし、もうこの街にはだいぶ滞在したし、別の場所へ行ってみないか?」
元々街に入った時も俺たちは旅人という設定だったし、旅人は旅人らしく、この世界の様々な国を見て回りたい。
ちょうど昼の12時を告げる鐘が鳴った。聞きなれた鐘の音ともこれでおさらばかと思うと、なんだか感傷的な気分になる。
「ご主人様がそう仰るのなら、何処へでもお供します!」
「問題はそこだよなぁ。どこを目指したらいいんだ??」
「全く、ここに居たのか。探したぞ」
聞き覚えのある声がすると思ったら、セレストが片眼鏡をクイッと上げて足を交差し直立していた。おまえ、そんなおもしろ変人キャラだっけ...??
「あーセレ男じゃん。何か用?」
「セレ男ではない。セレストだ。訂正しろ。」
「別にいいじゃないか。お互いに背中を預けた仲だし。」
「全く....これ以上は無駄なようだな。これからお前たちを王都の輝石魔剣院へ連行する。いいな?」
「輝石魔剣院??なんだそれ?」
「何文機密事項が多くてな、ここでは話せん。詳細は向かいながら説明する。」
「相変わらずやり方が強引だな。丁度行先に困ってたし、大人しくつい行くけど」
「ふん、それでいい。」
メガネをクイッとあげたセレストは、キリッと回れ右をして街路を歩き始める。
「セレ男ってちょくちょくカッコつけるよな。」
「セレ男ではない!セレストだ。訂正しろ。」
「じゃあセレちゃん??」
「セレちゃんではない!!セレストだ。」
「ふふっ」
前を歩く2人を愛おしそうに見つめるホタル。
なぜだか視界がぼやけ、目頭がじんわりと熱くなる。
気が付くと彼女の瞳からは一筋の涙が流れていた。
──「私」には、ユカリの願いを叶えるという使命がある。その使命を果たしたとき、「私」は消える。どうかそれまで、このかけがえのない時間に浸らせて───
彼女の形見が美少女になり困ってます はらわたスカッシュ @harawatas18682
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