27.調査
───数日後
「ご主人様!おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「サンドイッチを作ってみたのですが、食べますか?」
俺が目を覚まして起き上がると、ホタルが小さな丸机でサンドイッチを盛り付けしていた。朝から透き通った高い声で挨拶をするホタルが、寝起きの脳髄に眩しく刺さる。
「ああ、美味しそうだな」
得意げにサンドイッチの皿をこちら側に寄せる蛍が視界に入るが、俺は顔を洗いに洗面台へ向かった。向こうでホタルのご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。俺が剥いだ布団を綺麗にたたみ直してくれているのか、もふもふというリズムに合わせてホタルのマイナスイオン溢れる美声が部屋に響く。それにしてもここ数日間、至れり尽くせりのホタル様にかまけて、俺はヒモ人生まっしぐらとなっていた。
例の邪神ブラなんとかの件から数日、街はインフラ整備で慌ただしい様子だった。俺は戦いの疲れを癒すべく宿屋で惰眠を貪っていたが、戦場となった街の大通りなどは損壊も激しく、冒険者ギルドが臨時休業となり一時的に職を失った冒険者や市民たちが街の復旧に勤しんでいた。そもそもなぜ冒険者ギルドが臨時休業になったのかというと、どうやら外の世界がいつの間にか100年程経っていたという浦島太郎状態に街単位で襲われたらしく、領主やその他責任者達は他の都市との会議会談で連日大忙しだそうだ。セレストは街の中と外の状況を知る重要参考人として、兵士たちに連れていかれた。まあそんなわけで街は大混乱。しばらくは食堂もまともに営業できないようなので、こうしてホタルが食事を作ってくれるということになったのだが、この部屋にはキッチンらしきものなど見当たらない。一体どうやって準備をしたのだろうか。そう疑問に思いながらも小さな丸椅子に腰をかけて、サンドイッチを口にした。
「......うまい」
「ご主人様のお口にあって良かったです!」
「ホタルはもう食べたのか?」
「いえ、私はまだ。そもそもご主人様の魔力さえあればお食事を摂る必要も無いんですよ?」
「えっそうなの?」
知らなかった。確かにホタルは人間離れしすぎているとは思っていたけど、人間でも無かったのだろうか。それなら、今まで一緒に食事を摂っていたのは、俺に合わせてくれていたからなのだろうか。
「はい!食べ物から魔力を補うこともできますが、これはご主人様のために作ったものなので、遠慮なくお召し上がりください!」
何故か目を輝かせて机に身を乗り出すホタル。
成程、食事も全く無駄ということでは無かったのか。しかしここで、ひとつの疑問が頭をよぎった。それは、排泄はどうするのだろうか、という問題である。本来食事をする必要が無いのだとしたら、ホタルの体に食べ物の出入口を要する必要も無くなるのではないか?果たしてワンダフォーゲートは存在するのだろうか。確かマリーもホタルと同じようなものだと言っていたよな。体の構造も同じなのだろうか。くっ!!こんなどうでもいいことでも1度頭をよぎると気になって仕方が無い。こんなことになるならあの時聞いておけばよかった.....!!
.....何を考えているんだ俺は。無念。間がさしてくる邪念をなんとか取り除く為、どんな傷も状態異常も邪推も一瞬で治療する最強の呪文を心の中で詠唱する。カナタラブ、カナタラブ、カナタラブ、カナタラブ.....。
「ありがとう。頂きます。」
俺は何事も無かったかのようにサンドイッチを飲み込んだ。
◆◆◆
「いい天気ですねぇ」
「平和だな」
青色に白ボケた広い空に包まれて、俺たちは土木作業に汗を流す冒険者たちの群れを縫って大通を歩く。
街の賑わいは取り戻され、人々の声が聞こえてくる。
「いやぁ100年後の未来に来ちまったってよお、ホントなのか??」
「マジマジ!もう俺の取引先もパンク寸前でよ、やばいぜこれは」
「なぁ、知ってるか?あのワンダーハンターも20年前に完結したらしいぜ..??」
「えぇ!?あのワンダーハンターが!?って...........割と最近まで書いてたんだな。」
一時期の凍えるような異常気象も嘘のように暖かくなり、今日も真っ赤に輝く川を渡った。
全身に痺れるように巡っていた筋肉痛も大方引いてきたので、今日から仕事をしようと思う。例の一件と言うやつだ。確かマリーに頼まれていたものと、似たような依頼を冒険者ギルドが出していた筈だ。冒険者ギルドに入ると、顔面蒼白で疲れきった女性の職員が出てきた。
「すみませんが今日は冒険者依頼を受け付けておりませんので.....ってあれ?ユカリさん....とホタルさん?どうされたのですか?」
確か名前を、クラリーと言っただろうか。ブラなんとかの事後処理で色々とお世話になった。アレを倒してから俺たちは街のちょっとした有名人となり、ある程度の実力と力量が保証されるようになったのだが、ほぼほぼホタルの功績なので、金魚のフンである俺はただただ恐縮するばかりであった。
「確か前に、鮮血の森の水源調査で頭を抱えていたよな?」
「そうですね、誰も受けてくれる人がいなかったので。今となってはそれどころでは無いのですけど....」
黒い眼差しを落とすクラリー。よほど疲れているのだろうか。ブロンドのポニーテールは完全にやる気を無くして垂れ下がっている。
「丁度森に用があったから、ついでに見てこようと思ったんだが、どうだ?」
「.....今から行かれるんですか?」
「ああ」
そう言って押し黙るクラリー。眉間にシワが寄っている所を見ると、なかなか厳しい条件なのだろうか。休業日に押しかけて依頼を寄越せとは、さすがに強引すぎただろうか。営業再開まで待つべきだった。などと考えていると、ようやくクラリーが口を開く。
「分かりました。お願いします。ギルド長には私から言っておきますので。調査用の書類をお持ちしますので少々お待ちください。」
ということで、俺達は再び鮮血の森へ向かう事となった。
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