鏡に向かってバイバーイ

白川津 中々

 上手くいかない日が続いていた。

 気が重く、涙も出ない程打ちのめされていた。自身が生まれた事へのどうしようもない不幸を噛み締めブラックニッカを飲む。ブラックニッカは悲しみの味だ。辛い時はいつも俺の傍らにいる。

 酔いが回る中で目に光がチラついた。鏡に夕暮れが反射したのだ。カーテンを開けた窓から差す西陽が映り、黄昏た緋色の断片が目に入る。


 死。


 頭の中に浮かんだ言葉だった。

 朝と夜の間。どちらともつかない不安定な時間。沈みゆく太陽が命の終わりを告げるようで、生と死の間を彷徨っているような気分になった。


 鏡をじっと見る。

 緋。陽。卑。否。

 グルグルと回る頭が明確に自己を否定するまで時間はかからなかった。俺は落ち征く太陽を背に、鏡に映る自身を見据え、俺を認識したのだ。




「バイバーイ! バイバーイ!」



 俺は鏡越しに、俺に向かって手を振った。

 一人叫び、一人、力の限り。



「バイバーイ! バイバーイ!」



 鏡の中の俺は笑っていた。鳥肌が立つ。俺は笑ってなどいないはずなのに!



「バイバーイ! バイバーイ!」



 俺はとっくに手を振るのをやめていた、けれど鏡の中の俺は、未だに右手を高く上げて大きく左右に振り続け、ずっと大声を出している。



「バイバーイ! バイバーイ!」



 耳に響く。「バイバイ」「バイバイ」

 俺はいつの間にか、俺自身に別れを告げていた。

 そうだ、そうだな。そうなんだ。そう、それがいいんだ、それが。





 緋色の陽が、俺を照らす。

 

 死。


 頭の中に浮かんだ言葉だった。




 上手くいかない日が、続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡に向かってバイバーイ 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る