第17話

 軽く今季一番のピンチと言い切っても良さそうな状況だが、いつもと変わらない始業を告げるチャイムがいつも通り響き渡った。


「啓太、後でゆっくりと話は聞かせてもらうからな!?」

「そうだね。これは流石にいつものように『まぁ色々あるよね』では済まされない案件だ」


 悪友二人から、席に戻る前に捨て台詞のように後での事情聴取があるとの告知を受けた。

 この問題に関しては、裕也だけではなく傑も見過ごしてはくれないらしい。


「どうしてこうなった……」


 自分の筆箱に付いた例のキャラを見つめながら、思わずため息が出てしまった。

 とはいえ、昨日の時点でしてくれていた妹の忠告をスルーしてしまったのだから、自己責任で責める相手など存在しないのだが。


 そして何故か、チャイムが鳴っても教師が教室に内に入ってこない。


「大変なことになったねぇ」


 現状を受け止めきれない啓太に、瑞希がいつものようなノリで声をかけてくる。


「ほんとだよ。ってか、他人事のように行ってるけど、内海も面倒なことに巻き込まれてるからな?」


 彼女は非常にのんきな態度を取っているが、周りには「ここ二人がただならぬ関係かもしれない」という認識が広がっている。

 それはつまり、好奇の目は啓太にだけでなく、彼女にも向けられることになる。


「それもそうだねぇ……。でも、別にこういう噂広められたことは何度もあるから大丈夫かな~?」

「まぁ確かにモテてるだろうから、そう言うことは多々経験してるだろうな。ちなみに、その経験者流のこういう場面においてのしのぎ方は?」

「そうだなぁ。こういうことに慣れていると言っても、そんな器用なことはしないね。噂が無くなるまで恋愛的関係性の否定orだんまりを決め込むかな? ちなみに、それで噂が鎮火するまでに少なくとも二、三カ月コースだね」

「二、三カ月って……」

「ちなみに、それもすんなりと収まった場合だね。普通にもっと長期間になることも多々ありますな!」

「今回の場合においてその手段を取った場合、どれくらいで事態を収束させられそう? そっちの見解よろしく」

「うーん、そうだなぁ。客観的考えて、私に彼氏が居ないという認識が広がって、その中でのこれだから、すんなり終わらないね! 私の経験上の記録を更新する可能性すら出てきたかもしれない」


 冷静に淡々と、瑞希は恐ろしい算出をはじき出していく。

 それを聞くたびに、なぜあの時にトイレに行ってしまったのかなどの細かい行動一つ一つについても、激しく後悔するようになってきた。


「ちなみに、俺ってこういうの未経験なんですけど……」

「あっちゃー、これからなかなかに濃い学校生活の始まりだね!」


 瑞希から色々と話を聞いた結果、必死に耐え忍ぶことしか選択肢が無さそうということを理解した。


「こうなったら仕方ない。耐え忍ぶのは受け入れるとして、いろいろと聞かれることについて、話を合わせないといけないな。どうする?」

「そうだね……。もう一層の事、付き合ってるって設定にでもする?」

「はい!?」

「こういうことに関する否定は全く受け入れられないけど、肯定は一撃で通るんだよね。そうすれば、変な探りが無くなるよ?」

「いやいや、何を言ってるんだか……? よりにもよって、ここでそんな冒険しなくてもいいと思いません!?」

「いや、意外とこの作戦ありだと思うんだよね。皆、付き合ってるって聞いたら勝手に先入観や想像を膨らませるし。それに、人との付き合い方なんていろんな形があるってのも理由の一つだね。特別何か一緒に居たりとか、カップルらしいことなんてしなくても何も言われないし」


 聞いた直後は、無茶苦茶な意見を言っているように思った。

 ただ、瑞希の言葉を聞いていくと、根拠が無いものの何となく理にかなっているように聞こえてくる。

 そのため、だんだんと「付き合っているフリ作戦」も一つの手として、ありなような気もしてくる。


「ってか、内海はそれで良いのか……?」

「私は問題ないかな。だって、周りからのちょっかい無くなりそうだし」

「まぁ確かに、周りには付き合ってないフリー状態って認識なわけだしな。ワンちゃんかけて寄ってくるやつ……。いや、減るか?? 相手が俺って分かって、もしかすれば奪えるかもって思うやつ増えるのでは???」


 啓太が傑のようにそれなりにイケメンだとすれば、抑止力になるのは納得出来る。

 だが、こんな冴えない男が相手になっているとなると、周りの男子が急に可能性を感じてより活性化するリスクがありそうなのだが。


「そう言うのは大丈夫だって!」

「何でそんなことが言い切れる?」


 だが、彼女は啓太の言った不安に関しては、何も気にする様子が無い。

 なぜそこまでの自信があるのか、彼女に尋ねてみた。


 すると彼女は、まだ教師が来ないことを良いことに啓太の方に近づいてきた。


「その時は、『私にはけーたしかあり得ないから!』って、強く言うから」

「!?」


 近づいてきてそのまま啓太の耳元付近で小さく囁くという、いつもの彼女らしかぬ行動に加えて、発言の内容が刺激的過ぎて思わず仰け反ってしまった。


 啓太と瑞希の席は、教室内において最も後ろの列であるため、大半の人に見られていないとはいえ、恥ずかしくなって一気に顔が熱くなった。

 そして、啓太の逆サイドにいるやつがこの場面を見ていないか、慌てて確認したところ、隣の生徒は静かにこの授業科目の教科書に目を通していたようで助かった。


「お、女って怖い……」

「あはは!」


 言葉にすることは止めたが、仮にも彼女は彼氏持ち。

 喧嘩をしたり、最近では仲が芳しくない状況にいるとはいえ、こういうことをさらっと出来ることに衝撃を受けてしまう。


「あ、ちょっと待て。その付き合っているフリ的作戦は使えなくね?」

「え、何で? さっきので恥ずかしくなった?」

「いや、恥ずかしいのはずっとだから。内海が誰とも付き合ってないってこの高校全体が思っていた10日前ぐらいなら、それも出来たと思う。でも、さらっと裕也と傑に事実を話してるからな。ややこしくならないか?」


 瑞希が行ったさっきの行動が、あまりに刺激が強すぎて脳が活性化したのか、ここに来て新たなリスクを発見した。


「おー、それは確かに! そうなると、また話がややこしくなっちゃうのかー!」

「そうそう、だから厳しいような気がしてきた」


 周りよりもやや彼女の事情を把握している二人は、周りに対してよりも追加の説明が必要となる。

 話すことが多ければ多いほど、話がどんどんややこしくなっていくのは言うまでもない。


「だから、緩く否定しておくのが無難じゃないか? 流石にだんまりは、そもそもあいつら二人には通用しないから無理だしな」


 これまでの話し合いの結果を踏まえて、候補に挙がった作戦の中で一番使えそうな「噂が無くなるまで関係性否定」という策をするべきと提案した。

 

 「うーん……」


 だが、瑞希はその啓太の言葉にすんなりと頷くことは無かった。

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彼氏持ちの君と、運命の悪戯。 エパンテリアス @morbol

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