第16話
次の日。
「あっぶね、ギリギリだった」
いつもなら朝ある程度時間に余裕を持って登校するけ啓太だが、珍しく遅刻するギリギリの時間に教室に滑り込んだ。
やや寝坊したことに加え、いつもの登校ルートが工事による通行止めになっていた。
そして、選んだ他のルートは通学・通勤ラッシュで人や交通量が多く、思ったよりも時間がかかってしまった。
そんな不運が何個も重なったが、何とか遅刻だけは避けることが出来た。
「おはよ。珍しく今日はギリギリじゃん」
すでに自分の席に着いて一時間目の授業の準備を整えている瑞希が、息を切らす啓太へいつものように声をかけてきた。
「久々に軽く寝坊した上に、普段使っとる通学ルートが塞がれてた」
「ふ、塞がれた?」
「工事中で通行止め」
「あー、そういうこと。って、色んなルート知ってるなら別に問題なくない?」
「朝は通勤・通学ラッシュあるから、ルート変えると時間かかったりするんよな。実際、今日もラッシュに巻き込まれたし。ルート開拓は、時間に余裕のある下校時のみっていうのが俺流よ」
「な、なるほどね。まぁ遅刻しなくて良かったね」
「本当にそれ」
そんな話をしながら、啓太はリュックから今日使う教科書、そして筆箱を取り出して机の上に並べる。
「お、ちゃんと付けてんね」
「まぁそりゃあな。外してくると思ったのか?」
「恥ずかしがって外してくる可能性もあるかな~って、ちょっと思ったから」
昨日、妹からああは言われたものの、結局付けた状態を維持している。
「せっかくもらったし、筆箱に飾り気も無いしちょうどいい感じになってる」
貰ってすぐに外すことをしなかったのは、昨日妹に言ったように、彼女に対して申し訳ないという気持ちもある。
ただ、何度もこのガンぎまっているキャラの顔を見てきたら、なんだか悪くないような気もしてきたのだ。
「もしかして、結構気に入った?」
「そうかもしれん。ただ、可愛いとは思えない」
「えー、何で? めっちゃ可愛いじゃん」
「これが性別による感性の違いってやつか」
ただし、愛着が僅かに出てきたと言っても、未だに可愛いとは微塵も感じないが。
ただ、今日も付けてきたところを見て、彼女はとても嬉しそうな顔をしていた。
それを見て、自分の選択肢はあながち間違っていなかったのではないかと思った。
そんなことを話していると、いつものように始業のチャイムが鳴ってまた何気ない高校生活の一日が始まる。
ただ、昨日と違うことは隣に居る瑞希がすっかり元気になっているということだった。
しっかりと授業は聞いているし、啓太に対する悪戯や弄りも増えてきた。
こうして瑞希が元気になることで、啓太は振り回されることになるのだが、昨日の彼女を見ているので、逆にこの形に戻って安心するまである。
「はい、今日の授業はここまで。次回、小テストをするのでちゃんと復習しておくこと。七割取れなかったら不合格で、放課後追試になりますからね」
一時間目の授業が終わり際、科目教員からの小テストのアナウンスが入り、生徒たちの不満の声が響きながら休み時間に入った。
「小テストだって。追試になったらどうしようかね?」
「いや、なるわけねぇだろ。ってか、ならないこと分かってて言ってるだろ」
「ご名答ですな!」
「それ、他のやつの前で言ったらめっちゃ嫌なやつじゃん」
「だね。何かこのキャラが『成績がいい奴ほど、勉強してないとかテストで点が取れないとか適当なこと言う』って毒吐いてた」
「いや、まぁそうだけどな」
そんな彼女の話から、さらっと瑞希がこのキャラに対してバズっているからという理由ではなく、純粋に毒舌を巻き散らかすこのキャラを押しているということが分かってしまった。
というか、女の嫌なところというか「学生あるある」で嫌なこととかも言っているようだ。
「まぁ、くーの前だからこういうこと言えるよね」
「ちなみに、こういう話になった時は内海ってどういう風に話をコントロールするわけ?」
「コントロールとは?」
「普通に他のやつと話してて、『頭のいい内海なら、小テスト楽勝でしょ?』とか言われるだろ? そういう時、どういう風に話すんのかなって。何言ってもやな感じになりそうじゃない?」
「あーなるほどそういうことね。私の場合はありきたりだけど、大変とだけ言ってどんなところが大変か具体的にポロっと言っておくかなぁ? そうだとリアルじゃない?」
「な、なるほど……」
確かに、明確な理由なしで「大変だよぉ~」とか言ったら、女の心中は荒れまくっている可能性大だろうな。
返答で不快になるのであれば聞かなければいいのだが、人って難しい。
「わり、トイレ行って来るわ」
「あいあい」
瑞希との話の途中だったが、啓太は次の授業に備えてお手洗いに行くことにした。
中高生の中で無駄に多い連れションというやつで、無駄に混雑しているトイレで用を済ませた後、ゆっくりと教室に戻ってきた。
「……あれ?」
教室に戻ってくると、何故か自分の席に数人の生徒が集まっている。
自分の席に近づくと、啓太が戻ってきたことに気が付いた生徒たちがややびっくりいたような反応を見せた。
「お、おい! 啓太!」
「い、いきなり大きな声を出してどうしたんだよ」
その数人の中には裕也と傑も含まれており、啓太を見つけるとかなり前のめりに声をかけてきた。
「こ、この筆箱に付けてるやつって、隣の瑞希ちゃんの筆箱に付いてるキャラとお揃いなのか!?」
「あー……」
妹が指摘した不安材料は、速攻で的中した。
そして、自分の「ここまで大して注目されないだろう」という考えは、あまりにも浅はかであったことを痛感した。
(内海のやつは、何も言ってないのか?)
こうして数人がざわつき始めた時点で、彼女が色々と話をしていそうなものだと思い、彼女の席の方を見ると、彼女も離席していていなかった。
二人の席には、教科書と筆箱が置いており、こうしてみるとむしろより意味深にキャラが際立って見える。
「『あー』って言うことは……本当にお揃いなのか?」
「いや、別にそう言うわけでもないんと思うんだけど……」
別に「お揃い」にするために、こうしてつけているわけではない。
だが、その事情を説明するとより話が拗れる。
よく考えて話をしないと大けがを負うことになるのだが、この状況では「熟考する=ワケあり」という認識になる。
つまり、八方塞がりという状態。
少なくとも瑞希が帰ってこない限り、啓太の個人技でどうにかすることはどうすることも出来ないのは明確。
「お、何だ何だ? ちょっと席を離れてたうちに、人だかりで出来てんじゃーん」
お待ちかねの救世主が、颯爽と帰ってきた。
「み、瑞希ちゃん! これってお揃いにしてるの!?」
瑞希に対しては、そこに居た女子がこの状況について尋ねた。
その問いかけに、「うーん」と指を口元に当てて少し考えるそぶりをした後、彼女はさらっとこう言った。
「まぁそうだね。私が片割れを上げて「つけてよ」って言ったから、くーが律儀に付けてるって感じだね?」
彼女の取った行動は、その状況に至った過程の話はせずに、結論だけをありのまま全て話すというものであった。
「「「えええええええ!?」」」
あまりも衝撃的だったのか、悪友二人だけでなくそこに居て瑞希に質問した女子もらしくない大きな声を上げた。
そのため、教室全体に響き渡ってクラス内全員がこちらに注目した。
「そ、そうなのか?」
「まぁ、はい……」
この瞬間だけは、残り二分くらいしかない休み時間が、一時間も長く感じられた。
この状況に呆然とする啓太の一方で、何故か瑞希だけは何故か他人事のように、「みんなの反応が分かる」と言わんばかりにうんうんと静かに頷いていた。
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