第15話
以前のように、瑞希と駅前まで一緒に向かった後、自宅へと戻った。
「ただいま」
「あ、やっと帰ってきた」
一応、帰宅した時に「ただいま」とは言うようにしているが、妹からシンプルな「おかえり」という言葉を聞いたことは未だに無い。
「おかえり」と言って来るとはあっても、基本的に「やっと帰ってきた」や「いつもよりも遅い」、「もう帰ってきた」など余計な一言が付いてくる。
かと言って、シンプルな返答が返ってきたら何かがあったのかと心配にもなりそうなものなので、複雑なところである。
「おかえり。いつもよりも遅かったね」
「うん、ちょっとね」
遅れて母親の声が聞こえてくる。
そちらを見ると、また術後からそれほど経っていないのにもう台所で忙しくなく家事を行っている。
「えー、例の女と?」
「え、啓太って彼女いるの!?」
「おいこら、ありもしないことをあるかのように話すなよ! それに、女子中学生が『女』って呼び方をするんじゃねぇ」
妹が当たり前かのような顔で、わけの分からないことをさらっと言い出した。
そんな妹の態度に、耳に入った母親は真に受けてしまっている。
「ちぇ、やっぱいないのかぁ。あと、別に私が女って呼ぼうが別にいいでしょ」
「もうちょっと可愛らしさを持てや……」
「家で汐らしくする妹とか気持ち悪くね?」
「その意見は認めるが、開き直って品が無くなるのもむかつく」
「そんなこといいからさ、また分からないところあるから教えてくれない? 出来れば晩御飯を食べる前に解決しておきたい」
「それって『今すぐに教えろや』ってことだよな?」
「うん。さぁ荷物をここに置いて、教えるんだ」
帰ってきてまだ五分も経っていないが、妹に激しく振り回されている。
一方で、ここまで兄妹が話すところを久々に見たことと、思った以上にやり取りが面白かったのか、母親も笑っている。
妹のペースに乗せられてむかつくのだが、ここで要求におとなしく従っておかないと後々面倒なことになるので、荷物を置いて妹が勉強しているテーブルに着いた。
「よし、この数学の証明問題について解説よろしく」
「うっわ、よりにもよって証明問題かよ。これ、高校入試に使う癖に、理系クラスに入ってなお未だに再登場しねぇのよ……」
「え、そうなの? じゃあ、何でこんな数学問題のメインディッシュ面してんの?」
「さあ? もう出てこれるの最後だから構って欲しいんじゃね?」
「あ、あんたたち漫才でもしてるわけ?」
啓太と璃奈が数学の証明問題に対して色々と言っていると、母親がたまりかねて突っ込んできた。
「……ここにも独特のツボを持つ者が居たか」
「え、いきなり何?」
母親の反応を見て、思わず啓太はそんなことを呟いてしまった。
気を取り直して、啓太は当時の記憶を必死に探りながら、解説書を元に妹に向かって説明を行っていく。
「うーん、ごめん。イマイチしっくりこない。私の理解力不足かも」
「いや、俺の説明の悪いな。言ってて伝わらんって感じする。それに、この問題自体、他のやつよりもレベルが高いと思う」
「うー、こんなにきついのがまだあるとは!」
「逆を言えば、全国難関私立とかじゃない限りこれ以上の問題は出ないだろ。これさえ出来れば、証明問題は自信もっていいだろ」
「そんなこと言われると、意地でもこの問題を解決しておきたいんだが……」
「ちょっと待ってもらってもいいか? 俺が言葉だけで説明してるから良くないのかも。何か紙にこの図形を描いて、どこの部分が証明にどう必要か説明するわ……」
啓太はそう言って、自分の筆箱と余白の紙を取り出した。
「えっ!? 何で兄ちゃんの筆箱にこんなものが付いてるの!?」
妹は、啓太に筆箱に付いているガンぎまった羊のキーホルダーに反応を示した。
「あ? ああ、クラスメイトから貰ったんだよ。女子高生に人気のキャラって聞いたけど、お前達にも人気なのか?」
「もちろん! このキャラって、今バズってるんだよ!」
「何でもっとかわいいキャラがバスらねぇんだ……。ってか、このキャラのどんなところがバズってるの?」
「えっと、女の嫌なところをシュールに呟くんだよ。このキャラが」
「……よく分からんが、お前ら女子が日々の交友関係にストレスを感じている事だけは把握したわ」
そんなアニメや番組の反響が大きいという時点で、今後の将来が不安になるが、それだけみんな我慢しながら生きているということだろう。
(……今日こそあんな感じだったけど、やっぱ普段から内海のやつもしんどいって思ってるってことか?)
このキャラの真相を知って色々とまた考えてしまうが、全体的な流行りに乗っかているということもあるだろう。
というか、そうだと思いたい。
「で、その貰った相手って女でしょ?」
「まぁそうだな。って、だから女って言い方止めろや」
「この青色の片割れ、ピンク色のやつもいるはず。それってその渡してきた女が持ってるんだよね!?」
「……もう突っ込むのは止めるわ。そうだな、流れで『カバンか筆箱にでもつけて』って言われてさ。カバンなら外で引っかけて落としたりしそうだから、筆箱に付けるって流れになった」
どんなに突っ込んでも、妹の女呼びは変わりそうもないので突っ込むことは諦めた。
「それって、お揃いってことでしょ?」
「え?」
「だってそうじゃん! こいつとピンクのやつでワンセットってことになってるんだから! それを分け合っているってことだし」
「……そんなにやばい?」
「見る人が見たら、付き合ってるのかなとか思うんじゃない? 少なくとも『この二人、何かあるんだな』ってなるのは間違いないでしょうよ」
「マジかよ……」
ガンぎまっているキャラということもあって、そんなペアルックという認識は全く無かった。
かなりラブラブなカップルなら、お互いのブレスレットの共有やトレードをしているのであれば見たことがある。
その状況とは可愛らしくも無ければ見栄えもしないのだが、世の中がよく分からない。
「え、その人って兄ちゃんのことが好きなんじゃない?」
「いや、それは間違いなくあり得ないんだよなぁ」
「何でそんなことが言い切れるの?」
「その子、彼氏いるから」
そんな妹の問いかけに、啓太は改めてガンきまった羊キャラを見つめながら、さらっと呟いた。
「……マジか」
「マジやな」
「ど、どういうつもりなんだろ……」
「いや、特に深い意味なんかないだろ。普通に流行ってるから、その流れに乗ってるだけでそういう雰囲気を知らないで渡してきたって可能性もあるだろ」
「うーん。だとしても、お揃いみたいにすることなんて、あり得ないと思うけど」
頭を傾げる妹のそんな意見も、啓太としては確かに引っかかっていた。
「ま、相手は彼氏持ちだ。それに色々ぶっちゃけるが、その子の彼氏はあの高校に通ってる奴じゃないし。変な揉め事とかにはならないだろ」
「そうだとすれば、確かに揉め事にはならないかもしれないけど……。周りが勝手な想像しちゃって、話が広がったりするかもよ?」
「気にしすぎだろ。それに、貰って付けてくれって言われて次の日早々に外してたら、それもそれで辛くね? 俺、そんなことは流石に出来ねぇよ」
「ま、まぁそれは確かに凹むね」
「大丈夫だって。高校生はそんな他人のことをじっくり観察するほど、暇じゃねぇから!」
「ま、まるで中学生の私が暇みたいな……」
啓太は軽く笑い飛ばしながら、妹にそう言った。
「さ、この問題を早く終わらそう。晩飯が出来ちまうぞ」
「それもそうだ! 早く早く!」
台所から良い匂いが漂ってきており、二人は慌てて証明問題に向きなおしたため、そこで話は終わってしまった。
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