転生少女(?)とバイク乗り女

神楽坂らせん

第1話:出会い

私は峰不二子みね・ふじこ(のつもり)。黒の革パンに、同じく皮のライダースジャケットで粋に決め、夜のコンビニにとめた愛機SR400バイクのシートに軽く腰掛けてメンソールのシガー(撮影用のフェイク品でニコチンレス)に火をつける。


完璧だわ。


不二子はコンビニなんかに寄らないし、まして夕飯にシャケ弁なんか買ったりしないと思うけれど。まあいいのだ。

このスタイルは私なりの防護服なのだ。いちおう、腕っ節は強い方だと思うしそれなりに護身術も身につけているけれど、ヒトは外側しか見ないでしょ。なのでこうやって「強い女」の格好をしているってわけ。これでへんな虫も寄ってこないというもの。女だてらにバイクなんか乗っていると、いろいろうるさいのよこれが。


実を言うとたった今も駐車場の反対側からちらほらと視線を感じている。品の悪い原付スクーターに群がるヤンキー風学生たちからだ。しかし、ま、君たちなんかがこの私に声かけるなんてできっこないでしょ? ふふふのふー。と、吹くタバコの煙とともに浸る優越感。

普段なら絡まれるのも面倒なのでこんなところで一休みなどせず、買い物をしたらさっさとエンジンをかけて離れてしまうのだけれど、今夜は店員さん女子から呼び止められているのだ。いったい何の用かしらねぇ。ぷかー。



    ◇



それは、つい先ほど、コンビニで会計時のできごと。


「お弁当、暖めますヵぁっ……あ嗚呼っ!! ベルさまっ!!」


なんて、レジカウンターの奥から感極まった声を出されてしまったのだ。髪と同じ細い金色の眉を上げ、群青色に染まる瞳で私を凝視した後、眼鏡を持ち上げてハンカチで涙を拭く店員さん。


え? どしたの?


お弁当はそのままで。と言おうとしたこちらも固まってしまう。


「へっ? ベルさまってなんで……?」


私の名前は不二子……じゃなくて蓬莱美鈴(ほうらい・みすず)、学生のころにはあだ名ですずとかベルちゃんとか言われていたので、ベルという呼び名には反応してしまうのだけれど……。さま? なにそれ。こんな美人の娘知り合いにいたかなあ?


「ベルクさま!! やっと、やっとめぐり会えた……。わたくし、アンナです! わかりませんか?」


と、泣き出しそうな顔でこっちを見られても……、ごめんね、ちょっとわからない。


「ええっと……30分、いえ、15分、いえ、5分だけお外で待っていてください! 店長! レジお願いします。モチヅキ今日早上がりします!」


早口で小刻みに待ち時間をディスカウントしつつ、その子はバックヤードに引っ込んでしまった。


「カオルちゃん困るよー」とか情けない声を出している小太りの男性は店長なのだろうか。奥の方から「名前で呼ばないでください、セクハラで訴えますよ!」とか女の子の声が聞こえる。


一体なんじゃろうと思いつつも、とりあえず会計はすんでいるので買ったものをバックパックにほおりこみ、店外に出て今にいたる。というわけ。


いったい、あの尋常でない食いつき気味の美少女はなんだったのかねえ。


そろそろ10分ぐらいたったかしら?

このまま別に待ち続ける義理もないかなあと一服を終了。携帯灰皿にタバコを押しつけていた時、しゅるるるんと小さなモーター音をともなって、私の隣に天使が舞い降りた。


いや、まじで。本当に天使かと思った。ピンク地に白のふりふりがぎょうさん。やたらこまかく構成されたゴスロリ服を着た小顔でプラチナブロンドの美少女だ。薄暗いコンビニの駐車場に、そこだけスポットライトが当たったかのように輝いている。

好奇心旺盛そうな大きな瞳は、千葉の夜空よりずっと澄んで、星屑を散らしたようなハイライトも輝いている。

さっきは店員さんモードで目深にかぶった帽子と黒縁眼鏡のせいか、すっきりとした身体のラインと小さい頭で美人さんだろうなー? ぐらいしかわからなかったのだけれど、このプライベートモードの美少女っぷりはまじやばい。こんな娘、原宿あたりにいったらスカウトが群がって大変なことになりそう。


私とは言えば、高校生のころ、ちょっと背が高いだけで十人並みの見た目だったのでまったく縁がなかったけれど、やたらかわいかった友人はスカウトやらナンパやらに幾度もつかまって迷惑していたことを思い出す。あの友人は学校で1~2を争う美少女だったけれど、この娘はそれすら軽く凌駕する美少女っぷりだ。全国大会レベル。世界も狙えるかも? オーラが違うね。


ふんわりひろがったスカートと長い髪、まるでピンクバージョンのアリスだわ。2Pカラーかしら? なんて妄想してしまう。


そんなグレイテストな美少女が、電動キックボードを器用に扱り、SRの脇にすっとやってきたのだ。あらやだかっこいい。


「この姿ならおわかりですか? ベルクさま! やっと、やっと巡り会えました。アンナは寂しゅうございました!」


そう言って、ヒシと抱きついてくる美少女。


えっ? えええ??


「あの、ちょっと落ち着いて……。」


彼女の頭にかるく手を置いて引き離そうとしたけれど、少女の方は抱きついた腕にさらに力をこめてくる。もしかして泣いてる?


刺激しないほうが良さそう。なるべく優しく声をかける私。


「な、なんだかよくわからないけれど、貴女あなたものすごい人違いをしてない? 私は蓬莱美鈴って言って、鈴が名前についているからベルってあだ名で呼ばれてたことはあるのだけれど、ベルクなんて知らないし誰のこと? 別人だと思いますよ?」


「ベルクさまはベルクさまです!」


と、抱きつきながら顔をあげて私の目をのぞき込んでくる美少女。

くっ、ゼロ距離でそのうるんだ瞳は破壊力ありすぎるわ!!

これ、男性にやったら即死案件じゃないのかな?


「おいたわしい……、なにも、覚えていらっしゃらないのですね?」

とつづけて首をかしげる彼女。


おいたわしいなんて言葉かけられたの生まれて初めてかもしれない。

同情されてるの? でも、私は私だしね。

いったい、どう答えたらいいんだろう?


「うん、ええ、はい……。なんていうか、さっきも言ったけど私、ベルって呼ばれたことはあってもベルクなんて知らないし、ほんとに貴女の勘違いなんじゃないかな……? それに、貴女……モチヅキさん? でしたっけ?」


とまどいながらあらためて否定しておく。


すると、美少女は腕をほどき、私から数歩離れ、優雅に一礼。

片足を後ろにさげてクロスさせ、腰を折って左手を胸に、右手でスカートの端をつまんでバレリーナの舞台挨拶のような綺麗なお辞儀をする。エレガントな所作に目が釘付けになってしまう。

かわいいだけでなく美しい。高貴ささえ漂ってくる。私の目に録画機能があったらなあ。なんて馬鹿なことをつい思ってしまう。これは、男どもだけじゃなくだれでも虜にしてしまいそう。


「あらためてご挨拶を。今生こんじょうでは初めましてになりますね。ベルク・ハインツさま。わたくしは、アンナ・シュバルツと申します。今世では望月薫もちづき・かおるという名前を両親よりいただきましたが、魂の名はアンナです。生前はシュバルツ王国の王女をさせていただいていました。もっとも、王位継承権は6位でしたが……」


は? ええっと……?

なにか非現実的な挨拶をされている気がする……?

ベルク・ハインツ? 誰? それ? 

と、そんなことより……。


「え? 王女さま? で、生前ってなに? もう死んじゃっているってわけではないわよね?」


さっぱりわからない。さっき抱きしめてきたとき、実体あったし体温も感じた気がする。いい匂いもしたし……。幽霊ってことはない、よね?


「覚えていらっしゃらないのですと、混乱されてしまうのもわかります。ですが……、信じてください。わたくしアンナとベルクさまは前世で婚約者どうし、将来を誓い合った仲でした」


は? 前世? ファンタジック設定キター!


「えっと? 前世? っで? 私がベルクさんだってことは?」


「そうです」と言って少しうつむき恥ずかしそうに頬を染める美少女。


「あのその、前世の私がアンナ王女さまの婚約者だったってこと?」


「ですです! エグザクトリィそのとうりでございますです!」


うわあ、前世少女だ。

そしてその相方が私ってことなの?


「ベルクさまはわたくしの騎士で、婚約者で、そして騎馬兵団の副長を務めるりっぱな方でした。王国に突如現れたドラゴンを討伐すべく、我が父である国王の命令で北方のキリル山へ向かい、おそらくはあの悪魔と差し違えて命を落とされたはずです」


ドラゴンまでキター!

前世って言うからこの地球の話かと思ったらまさかの異世界設定。

転生でこっちの世界にきた系のお話なのかしら?


一応、私はバイク雑誌の編集者なんて仕事をしている。オタク界隈の友人も多いし、私自身もその傾向があったりする。(どっぷりつかったりはしていない! つもり! だけどね!)なので、流行を押さえる程度には転生モノの知識も押さえてはいるのだ。

大体はあちらの世界に行ってしまう話だったけれど、こっちの世界に転生しちゃうって話もあるのか。なるほど勉強になるわー。

……。って、そうじゃなくて!

と、自分の脳内で自分に突っ込みを入れる。

この子、そう思い込んでるだけ、よね?

マジで転生してきた、とか言わないよ……、ね?

だいたい、私は突然見知らぬ美少女から言い寄られただけで前世なんて記憶にない一般人なのだし……。


「知らなかったけれど、私ってば勇者だったのかぁ……。じゃなくて!!」


おいしい設定に思わず納得しちゃうところだったわ。あぶないあぶない。


「ついさっき出会ったばかりで生まれる前からの関係っていわれても困っちゃうわよ……。だいたい、私は前世なんか覚えてないし、望月さん? アンナさんでもいいけど、貴女のこと何もしらないのよ? 貴女だって私のこと……、その、疑うわけじゃないけど、その貴女の思い込みかもしれない前世の記憶に当てはめてしまっているだけじゃないのかしら?」


こんな綺麗な子を悲しませたくはないけれど、私自身覚えがないんだし、これはちゃんと言っておいたほうがいいだろう。


「そんなことありません!」


あー、やっぱり否定がきたなー。どうしたもんかー。


「わたくし、ベルクさまのことなら何だって知っています!」


「いや、何言ってるの。初めて会ったばかりでしょ?」


だいたいベルクじゃないってば。


美少女、アンナさんこと望月薫さんはいたずらっぽく微笑んで


「では、ベルク様の好みを当ててみますね」と言い、つづけて、

「まず、黒毛の馬が好きです!」


なんて急に言ってきた。


「え? 馬に好き嫌いなんて……、ああ、馬じゃないけど鉄馬バイクは黒いのばっかり、かな?」


「はい、あたり! ですね!」とガッツポーズの彼女。


「そんなのこれを見ればわかるでしょう!」と後ろのSRを指さす私。


「それじゃあ、猫と犬なら、犬のほうが好き!」


と犬猫の好みの話になった。

たしかに何を考えているかわからない猫よりも人の言うことを聞く犬のほうが好きかも。でも……、そんなの当たり前じゃんとか考えていると、彼女は続けて言ってきた。


「実は子猫とか好きなんですけど、どう扱ったらいいかわからなくて怖いとも思ってる!」


「むむ? それは、あってる、かも?」


「そして甘いものも大好き!」


「い、いえす。」


「考えるより行動派!」


「あってる。てかそれ好き嫌いじゃないじゃん!」


「何はともあれ暴力で解決!」


「なによそれ……。まあ、あっているけどサ……」


「そして、わたくしのことが大好き!」と、どーんと胸を張る彼女。


「いや、それはちょっと……」


自信たっぷりだなあ。それも彼女を美しく見せているパワーなのかも。


「もう、つれないですわね。将来を誓い合った仲ですのに……。いいですわ、これからゆっくり思い出させてあげますから!」


いやいやちょっとぉー。いくら美少女でも女同士じゃん、何言ってるのかなこの娘は……。


「あともうひとつ、困った人を見かけると後先考えずに助けにいっちゃいますよね。それで、トラブルに巻き込まれることも多いですのに」


「あー……。あたってます」


過去いろいろやらかしたことを思い出し、そろそろと手を上げて降参ポーズ。嘘か本当かわからないし、前世なんて信用はできないけれど、私のことをかなり詳しく解っているみたいだ。


「ま、そういうところがわたくし大好きなんですけど!」


なんて、うーん、初対面の美少女にデレられてもお姉さんこまっちゃいますよ。


「それではですね、いきなりなんですが、さっそく、助けてくれないでしょうか?」


「へ?」


「わたくし、今困っております。」


「なによ、女同士で結婚してくれなんてのはやめてよ?」


「まあ、それはおいおい、ですね」


おいおいかよ!


「そうじゃなくてですね、あちらのガラが少々良いとはいえない方々がこちらを見てらっしゃいますでしょう?」


「なかなかクドイ言い方をするわね、あのヤンキー連中のこと?」


すっかり存在を忘れていた。


「しばらく前から、あの方々にわたくしつきまとわれておりまして……。徒歩ですと取り囲まれて難儀したもので、これを購入したのですが」


と言って電動キックボードを見やる彼女。


「あー。それでも逃げられないってわけね」


電動とはいえキックボードは車輪も小さく、スピードを出すのはけっこう怖いしあぶない。

彼女の格好じゃ空気抵抗も大きそうだしね。

原付スクーターを有する彼らからはカモなんだろう。困ったやつらだ。

私はひいふうみいと男どもを数える。


「ふーん。相手は4人か。一対一ならたぶん楽勝だけれど、4人はちょっときついかなあ」


友人の痴漢を撃退することは日常茶飯事だったし、2人ぐらいまでならチンピラ相手に喧嘩したりしたこともじつはある私です。オホホホ。

なんて、ちょっと格好つけました。ごめん。正直人数いる男たちは怖い。チンピラとやり合った時はあっち酔っ払っていたしね。


「わたくしを守るためとはいえすぐ暴力で解決しようとするベルクさま、すてきです」とかつぶやいている彼女はおいといて。


なんにせよ4人相手じゃあなあ。

刃物とか持ち出されたらやばいしなー。

これはあれね。


「しょうがない、逃げる?」


そう言ってSRの後席をぽんぽんとたたく。

逃げるは恥でもなんでもない。私の理想像である峰不二子も逃げ足は天下一品だったしね。


「はいっ!」


両手をぐっと握りしめ、極上の笑みをみせて、彼女は勢い良くうなづくのだった。



   ◇ 



キックボードはコンビニの後ろに隠し、半キャップのヘルメットだけ持ってこさせて美少女とタンデム。


単気筒エンジンの振動と、SR特有のどろどろしたトルク感(褒めてます。これ好きなのよ)を味わいつつ、ぴったり背中に身を寄せてくる彼女のあたたかさとやわらかさが心地よい。


私が男だったら、前世なんか覚えてなかったとしても、この子の言うこと信じたフリでもしちゃうんだろうなぁ。


「あのさー」と、後ろの彼女に声をかける。


「もしかして、そう見えていないかもしれないんだけどさ……、こう見えて私、女。だよ? わかってる?」


「はい、そのようですね……」


やっぱわかってるよね。で、彼女は確かめるように腰に回した腕を胸にあててくる。こらこら。揉むんじゃない。


「うん、なんていうか、ごめん。

 慕ってくれるのは嬉しいのだけれど、ちょっと貴女の気持ちには答えられないと思うんだ。ごめんね」


「いえ、性別はたいした問題ではありません」


うっわ、この娘ったら!!

問題ないって、根本的な問題がありすぎじゃない!?

女同士ありなの??

いやぁ、そういうのもありかもしれないけど、私も絶対駄目とはいえないけど、そういう世界も知ってるけど、でもでも、うわ、うわうあ、どうしよう。どうしたらいい?

こら、胸揉むな!

やばい、運転中にパニックおこしそう。


「むしろ、好都合ですよ」と、動転している私とは反対に静かな口調で彼女は言う。


「は?」


「わたくし……、いえ、ボク、


「ええええええええっ!?」


と、ヘルメットの中で思わず素っ頓狂な声を上げる私。


男の娘オトコノコ、お嫌いですか?」


ひどく動揺して走行ラインを崩してしまったけれど、あの場で転ばなかった私を誰か褒めてほしい。


異世界転生者で、しかも男の娘の秘密を打ち明けてもらうのは、バイクのタンデム中は絶対やめた方がよいです。


後席に乗られる転生者さんも、できれば気をつけていただきたい。

運転者は二人分の命を預かっているのです、いや、まじで。


<つづく>

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