例え異世界でも、戦場で流れる血の匂いはいつも同じ。

白黒猫

第1話

「殺すことで僕は生きてきた」


 殺さなければ親に殺されていた幼少時代。

 殺さなければ飢えに殺されていた少年時代。

 殺さなければ怨恨で殺されていた青年時代。

 殺さなければ命令違反で殺されていた大人時代。


「殺せば殺すだけ、僕は明日を生きる事を許されてきた」


 と、血が焼ける日常の香りに包まれながら僕は異世界で空を見上げた。


 異世界であっても空は青色で、命無き者達が流す血は赤色。


「どうすれば……一体何人殺せば隊長の様な立派な兵士になれますか?」


 隊長と呼ばれた僕は子供の亡骸を抱えた部下の質問に無感情に、無表情で答えます。


「簡単だよ。命令違反をしない。たったこれだけ」


「――では、私は立派な兵士になれませんね」


 そう言って僕の部下は高級品の拳銃で自身の頭を撃ち抜いて絶命する。死んだ部下から高級品の拳銃を回収した際、抱えられていた子供の亡骸には治療の痕跡があった。


 敵国である王国の人間を治療してはならない。必ず殺せ。例外など無い――これが僕の勤め先である帝国軍の絶対遵守の命令であり、侵略と虐殺の知らせを聞いた帝国軍が掲げた誓いだった



 帝国と王国の戦争。侵略国である王国が帝国最大の産出品である魔適石という資源を得ようと侵略して始まった戦争。

 しかし資源を危惧して吹っ掛けてきた戦争に勝ち目なんてない。それは以前いた世界の歴史が証明している。だから戦争が始まってからたった半年で戦況は向こう王国が不利となり、一年後の今で、こうして王国の首都を包囲する戦いが始まった。


 いつの時代、どの世界でも資源を巡っての戦争は無くならない。例え前の世界に無かった魔法と言う万能と思える文明がある異世界であってもこの理からは逃げられないみたいだ。


「隊長。辺り一帯の殲滅完了致しました。負傷者の手当も既に終わっています」


「そう……ではA区から市民が逃げ込んだであろうB区に進攻する」


「っ――隊長、B区には各地区から避難した一般市民しかおりません。それならば――た、隊長?」


「ん」


 僕は高級品の拳銃をもう一丁回収する羽目になる前に先ほどの部下の死体に指をさしてあげた。


「僕達が今受けている命令はなに?」


「……お、王国首都の包囲です」


「王国の首都を包囲殲滅する為の足掛かりであるA~E地区の殲滅対象は?」


「王国兵……と、王国市民です」


「ではこの戦争が始まった時に掲げらてた絶対遵守の命令とは?」


「……敵国である王国の人間を治療してはならない。必ず殺せ。例外など無い」


「これ以上の問答は?」


「必要ありません」


 私が問いを出す度に部下の感情が死んでいくのが分かる。きっと残りの部下達に同じ問答をすれば、ほとんどの部下達が彼と同じ反応を辿るだろう。


 生と死を深く考えられるからこその反応。これも前の世界と同じだった。


「では本軍と周辺小隊へ伝令を飛ばした後、B区に向けて進攻を開始する」


 部下に命令を出し、準備完了の知らせを空を見上げながら待つ。


 ――10分後、命令通り僕達はB区に進攻。半日後には戦争開始と同時に報告を受けた虐殺をそれ以上の報復という名目でB区を攻撃。攻撃の時間が長引くにつれて各小隊が集まって攻撃は殲滅へ。人の生活を豊かにする筈の道具を武器として手に取って行われてたなけなしの攻防は狩となり、罵声を上げていた声で悲鳴をあげる。振り上げた拳で白旗を掲げる。


 B区で行われた報復という名の虐殺は、王国側がした虐殺よりも大勢の市民を殺し、また短い時間で完遂された。


 そして――、


「隊長。先ほど本国からの終戦が宣言されました。二度目の無条件降伏を遂に王国が飲んだそうです」


 王国が降伏。こうして一年間続いた戦争が終わった。


「嬉しそうではないのですね?」


「当たり前の仕事をやり通しただけだから……喜びようがない」


 前の世界でそうした様に、こっちの世界でも生きるためにそうしただけ。少年時代ならいざ知らず、もう安堵すら感じない。


「――隊長、何処へ行かれるのですか?」


「本国へ帰国する」


「他の隊の人達の様に勝利の美酒に酔いしれないのですか?」


 部下は自分達が壊した建物から聞こえる多種多彩の”よろこび”の声に耳を傾けながら僕に言い、僕は立ち止まって部下の質問に前の世界でも良く口にしていた決まり文句をこの異世界で初めて口にした。


「仕事終わりに豪遊する趣味はない」


「――そうですか」


 僕の決まり文句を聞くなり部下は久しく見ていなかった笑みを浮かべて頷く。


 ――あぁ……きっと、その笑みには口元だけではなく目も笑っていただろう。涙も連れ添っていただろう。でもそれは戦場へ赴く前、人を殺す前までの話。人の死をその目で見た瞬間から目から笑みが消え、直接自分の手で殺した瞬間から涙が流れなくなった。


 つまりは部下が浮かべている笑みは戦場でしか見られない笑みだと言う事。至る所から聞こえてくる嬉しそうな声と浮かべているであろう笑顔とは別物だと言う事。


 僕の部下は――いや、僕の部下達は未だに戦場にいると言う事だ。


「隊長。貴方は何のために人を殺すんですか?」


「……」


 兵士だから――と、模範回答をしようとしたが、部下といつの間にか集まっていた部下達の目は僕を兵士ではなく一人の人間として見ている様に思えた。


 だから、僕は半日前に言った言葉を繰り返して言う。


「殺すことで僕は生きてきた」


 親に殺される前に殺すしか無かったから。

 飢えに殺される前に他者が持つ金と食い物を殺して奪うしか無かったから。

 怨恨に殺される前に殺し返すしか無かったから。

 命令違反で殺される前に他者を殺してその命を金に換えるしか無かったから。


 仕方――無かったから。


「殺せば殺すだけ、僕は明日を生きる事を許されてきた」


 と、血が腐る日常の香りに包まれながら僕は異世界で夜空を見上げた。


 異世界であっても夜空は藍色で、命有る者達が流す血も赤色。


「――隊長」


 部下が一人、身に着けていた全ての人殺しの道具を捨てて近づいてくる。そして入隊時よりも汚くなったであろう手を差し出しながら言う――、


「一緒に探してくれませんか? 殺さなくても明日を生きられる方法を。殺す事で今日まで生きてきた隊長と一緒なら私達は――……明日を生きていけるから」


 と。

 部下のその手を取っても変わらずの日常を手に明日を迎える。その手を取らなくてもそれは同じ。

 

 ――なら、人殺しの道具ではなく絵空事を手に僕は明日を迎えよう。どんな人殺しの道具よりも軽い絵空事なら、明日を迎えながら未来を夢見れると思うから……。

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例え異世界でも、戦場で流れる血の匂いはいつも同じ。 白黒猫 @Na0705081112

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