終章 これからの相棒➃

「う、ううん」

「お。起きたか」

 目を覚ますと、正人の背中に揺られていた。

「ど、どうして背中になの」

「どうしてって、ハクが寝ちまったからな」

「あ……」

 そうだった。

 私はあの隷従契約の更新が終わった後、寝てしまったのだった。

 意識がはっきりしてきて、色々なことを思い出してきた。

 私があの男に命令され人々を攫っていたこと、正人の友達の茜さんを連れ去ったこと、正人を殺そうとしたこと。

「……ごめんなさいなの」

 思い出したら、謝らずにはいられなかった。

 自分の意志でしたことではない。

 だけど、私のせいで色々な人に迷惑をかけてしまった。

「ハクが謝ることじゃない。あれは、お前に隷従契約を使って操った神野が悪い。ハクに非はないよ」

「それは言い訳にならないの。もし、私が隷従契約で操られていなかったら、皆に苦しい思いをさせなかったの」

 確かに、私を操った男が一番悪いのかもしれない。

 でも、操られていた私にも責任があると思う。

 だって、それによって苦しんだ人がいるんだから。

「正人は大丈夫なの? 私の攻撃を真正面から食らってたの」

「ハクのおかげで大丈夫だよ」

「私のおかげ?」

 私はただ操られていただけだ。

 正人を助けることはできていないはずだ。

「ハク、お前は途中から意識を取り戻していたんだろう?」

「うん、意識だけはあったの。でも、体の自由は効かなかったの」

「だが、ハクが意識を取り戻してからは、明らかに動きが鈍かった。だから、俺は死なずに済んだし、ハクの隷従契約の更新もすることができた」

 本気のハクだったら、隷従契約の更新はできていない、と言ってくれた。

「ハクが隷従契約に抵抗してくれたおかげだ。ありがとな」

「私は何もできていないの。正人のおかげで誰も殺さずに済んだの。だから、こっちがありがとうなの」

 正人がいなかったら、多くの人を傷つけることになったと思う。

 正人に助けられたのは私の方だ。

「どういたしまして。あんまりこの事を引きずりすぎるなよ。この事件は、お前が被害者でもあるんだから」

「でも……」

「それでも気にするんだったら、今度はハクが皆を助けてやればいい」

 私が皆を助ける?

 私にできるのだろうか。正人のように誰かを助けることが。

「さて、もうすぐ家に着く。着いたら、隷従契約を解除する。何日も隷従契約を続けるのは流石に嫌だからな」

「解除……」

 そうだった。正人は、九音との契約を今も大事にしているんだった。

 私を助けるために、正人に契約を使わせてしまった。

 だけど、この契約が解除されれば、私はまた一人になる。

 正人の契約の解除に、申し訳なさと同時に寂しさを感じた。

 でも、それを口に出すことはできない。

「隷従契約を解除した後、お前はどうしたい?」

「私は……」

 正人の急な質問に言葉が詰まる。

 寂しいから、一緒にいさせて欲しいなんて言えない。

 それは、正人に迷惑をかけることになる。

「……まだ決まっていないの」

「そうか。なら、一つ提案があるんだが」

「提案?」

 正人の提案、何だろう。

「俺は、これを機に妖術師としてまた活動することにしたんだ。前みたいに蓬莱に所属する訳ではないが、フリーの妖術師としてまた、困っている人や妖怪を助けることにしたんだ」

「正人が復活すれば、きっと色々な人を助けてあげられるの」

「だが、そこで問題があってな」

「問題?」

 正人のどこに問題があるのだろうか。

「今回の件で色々痛感したよ。俺は妖力もないし、どこか一つに秀でた部分があるわけではない。ただの色々なことができる器用貧乏でしかなかった」

「そんなことないの。正人のおかげで私は……」

「確かに今回はどうにかなったが、俺一人では命がいくらあっても足りないくらいにギリギリなんだ」

 顔はよく見えないが、声のトーンから自嘲しているようにも聞こえる。

 きっと、九音に助けられてきたことを思い出しているのだと思う。

「だから、俺を支えてくれる新たな相棒が欲しいと思ってるんだ」

「……えっ」

「ハク、お前さえよければだが、俺の新たな契約妖怪になってくれないか」

「で、でも、正人は九音のことが……」

「確かにな。九音との契約は俺にとって大事な物だし、自分にとっての永遠の戒めだ」

「だったら!」

「でも、気付いたんだ。俺が他の奴と契約しても、九音との思い出も絆もこの心に残っているんだってな」

 正人の声はどこか晴れ晴れした様子だった。

「だから、俺も前に進むことにした。俺一人じゃ厳しいかもしれないが、ハクとなら上手くやっていける気がするんだ」

 私は何を言っていいか分からない何とももどかしい気持ちになっていた。

「ハクは、他者のために本気で動ける奴だ。そんなお前だからこそ、背中を任せられるんだ」

 正人は立ち止まる。

 辺りを見ると、正人の家の門の前まで来ていた。

 正人は私を降ろして、私の目を見て話す。

「もう一度言う。俺の新たな相棒になってくれないか?」

 私の方へ手を伸ばす。

 正人が、こんな私の力を欲してくれている。

 なら、私はそれに応えるだけだ。

「私でよければなの」

 差し伸べてくれたその手を握った。

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妖術師 ビオン @hiro30taka

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