終章 これからの相棒➂
『神野浩介は捕まえたよ、そっちはどう?』
「ああ、今囚われていた人、全員を確認したが、命に別状はなかった。今、夜烏の救急隊に景虎が連絡している」
『良かったよ、誰も死ななくて』
電話越しに風真のほっとしたような声が聞こえる。
ずっと、妖力を吸い取られ続けるなど、下手をすれば命に関わる事態だ。
全員無事で本当に良かったと思う。
「電話をしているのは、猿飛風真か?」
「ああ。無事、神野浩介を捕らえられたってよ」
救急隊に連絡していた景虎が帰ってきた。
神野を捕まえられたことについては、ホッとしている様子だった。
「ちょっと猿飛風真と話がしたい」
「了解」
スマホのスピーカーをオンにして景虎にでも聞こえるようにする。
『で、話って何だい?』
「分かっているだろう。神野浩介のことだ」
話がしたいのは、神野浩介の処遇のことだろう。
神野浩介は、元々夜烏の人間で、夜烏が全面的に捜査していた神隠し事件の首謀者だ。
しかも、北条秘伝書を盗んだ犯人と、夜烏は神野浩介から聞かなければならないことがいくつもある。
だから、身柄を渡して欲しいのだろう。
「神野浩介の身柄を渡して欲しい。こちらができることは何でもするつもりだ」
電話越しだが、頭を下げてお願いする。
『良いよ。神野浩介の身柄は夜烏に渡す。捜査協力のときも、そんな約束だったしね』
「……いいのか?」
『でも、二つだけお願いがある。一つは、今回神野浩介によって隷従契約をさせられた妖怪を蓬莱で保護させてほしい。もちろん、彼らの罪は問わない方向で』
「無論だ。今回は完全に夜烏に落ち度がある。本部に話を通しておく」
『ありがとさん。二つ目が、北条秘伝書がどこに流出したのか分かったら教えて欲しい。流石にあれを野放しにしておくと、蓬莱も他人事でいることはできなさそうだし』
北条秘伝書、今回使われたのは隷従契約だけだったが、他にも危険な妖術が数多く存在する。
もし、呪術師組織に流れたら、と思うと蓬莱としても野放しにできない。
「分かった。それも呑もう。他に要求はないな?」
『ないよ。あんまり吹っ掛けて、夜烏との軋轢を深めるわけにはいかないしね』
「……そうだな」
現状、夜烏と蓬莱が争っても、不幸しか起こらない。
『それじゃあ、今からそっちに神野を連れていくよ。正人にはすぐ借りを返されたね』
「俺もこんなに早く、借りを返すことになるとは思わなかったよ」
『まあ、また困ったことが起きたら、いつでも連絡してよ。助けになるから』
「ありがとう、風真」
そう言って、電話を切る。
全てどうにか丸く収まって良かった。
「どこまでがお前の計算通りなんだ?」
「何がだよ?」
急に何を言い出すんだ。
「お前が地下一階に仕掛けていた札のこととか、隷従契約の更新のこととか、隠し通路のこととか、猿飛風真が地下水道にいたのはなぜかとかだな」
「一辺に聞くなよ」
まあ、疑問に思うのも無理はない。
一つ一つ説明するとするか。
「まず、一つ目の疑問からだな。俺が見つけた見取り図と資料を見たときに、札を前もって上の階に仕掛けることを決めた」
「装置を壊すためか? そうだとしても装置の場所までは分からないはずだ」
景虎の言う通り、装置の場所を完全に把握することはできない。
だけど、予測することはできる。
「装置は大型だって、見つけた資料に書いてあっただろう。そんな大きな装置を置くなら、扉の近くではない。真ん中、もしくは扉がない壁沿いに置くことが予想できる。そうなれば、どの場所にも攻撃可能な部屋の中心よりもちょっと外側に置くことにした」
神野浩介が式神使いと知った時点で、装置を壊すという選択肢がかなり難しいと思った。
俺たちは二人なのに、相手は神野とハクに加えて、最大十体の式神が相手だ。
彼らの守りを崩して、装置を壊すのは至難の業だ。
だから、札を上に配置することで、意表をついて壊す選択肢を作っておいた。
「一回目の雷槌は、二回目の雷槌がない、と思わせるためのカモフラージュか」
「まあ、相手は俺の行動を警戒していたし、一回目の雷槌は防がれると思っていた。だから、一回目は普通に攻撃したんだ」
それを防げれば、相手は俺の思惑を看破したと思い、必ず油断すると思った。
神野は、元々かなり有利な状況だったしな。
「隷従契約の更新は、戦っている途中に思いついた。機械を破壊するために、ハクの隷従契約をどうにかしないと、と考えていたが、ハクを攻略するのは無理そうだったからな。装置の破壊を優先することにしたんだ」
その時に、装置の中にある妖力を利用することを思いついた、と伝える。
「とはいえ、御符術に他者の妖力を吸収させ、それを俺に還元するなんて、今までやったことがないし、失敗するかも、と内心冷や冷やしたけどな」
膝で眠るハクを見ながら言う。
「全く無茶をする。それで最後の二つは?」
「残りの二つは、まとめて説明するか。あの見取り図を見た時、何かおかしくはなかったか?」
「おかしい所などなかったはず……。いや、地下一階と地下二階を比べると、地下二階に空いているスペースがあったような」
気付いたみたいだな。
地下二階は地下一階より少し細長いスペースがあった。
細長いスペースを部屋として利用しているとは考えられない。また、非常用の脱出口が無かったため、ここに隠し通路を作ってある可能性があると考えた。
「そうだ。その空きスペースは、隠し通路だと思った。地下二階だけに作られているとしたら、地上に出る道ではなく、地下のどこかに繋がっていると考えた」
「それで、この近くにある地下水道に出ると推測したのか」
「一応、見取り図の写真を送って、風真に確かめてもらったけどな」
風真は、神野が想定していない戦力だ。
まさか待ち伏せされるとは思わなかっただろう。
「よくこれだけの情報で……。流石というべきか」
「そこまですごくねえよ。今までの経験のおかげだ」
昔、こことは別の研究施設を調べたことがあるから、隠し通路の存在に気付けた。
地下水道に逃げ込んだ妖怪を九音と共に追い詰めたことがあるから、地下水道に繋がっていることに気付けた。
九音と共に戦った日々は無駄ではなかった。
「それじゃあ、後のことはお前に任せて帰らせてもらうよ」
「急にどうした?」
「被害者の中には、俺の友人もいるんだよ。一応、俺が妖術師だったってことは隠してるしな」
祓い屋だと知られると、何かあった時、茜を事件に巻き込んでしまう可能性も十分ある。
だから、できるだけ隠すつもりだ。
「なるほどな。了解した」
景虎も経験があるのだろう。神妙な面持ちで頷いた。
隷従契約の更新が終わった後から、疲れ果てて寝ているハクをおんぶする。
「それじゃあな。また会う機会があればよろしく頼むよ」
「最後に一つだけ聞かせて欲しい」
「うん? まだあるのか?」
帰ろうとすると、まだ引き留めてくる。
他に聞くようなことはあったか?
「お前は、これからどうするつもりだ?」
「どうするつもりって……」
「戻って来るのか? 祓い屋の世界に」
考えていなかったわけではなかった。
今回、久しぶりに祓い屋として動いてみて、自分にとって大切な何かを取り戻せた気がした。
妖術師として活動してきて、後悔や嫌なことは多かった。それでも、俺は誰かのために戦うことは嫌いじゃない。
「そうだな。ただの妖術師として活動するなら悪くないかもしれねえな」
そう言って、ハクを抱えその場を去った。
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