都市へようこそ!

木々を抜け、青々とした空があふれる平野に出た。

揺れる馬車の中、私は目を覚ます。


軽く首を下に向け、私の顔を覗き込もうとした時もう起きていたのを

確認してか、姿勢を直し「眠れたかい?」と話しかける。


白を基調とし、胸元にテュール神を表す《ᛏ》マークを付けたローブを

羽織るこの人は、神官であった。


「はい――もう着くのですか?」


頬笑みを浮かべると窓の向こうを指しながら

「あぁ、もう教会の屋根も見えてきたころだよ」


屋根上から伸びる《ᛏ》マークが目に付いた。

それと同時にこの都市を囲む壁にも気付く。その規模に驚かされていると。


「すごいものだろう?こう見えて戦前に建てられた都市なんだよ」

「だから、あちこち古ぼけてきても頑丈にできているから、今も都市としての機能が衰えないんだ」


話に聞き入っていると、もう検問所までついてしまった。

馬車を牽引する馬の足どりが遅くなると、扉をノックされた。


神官様が応えるように扉を開け、太陽が足元を照らす。

鉄鎧に身を包んだ兵士が質問した。


「通行書の提示を…って、神官様⁉これは失礼、すぐに通しますので――

この馬車は教会の方だ」

兵士が門に向かって手を振ると、すぐに通してもらった。


あっさり通過してしまった…。

「都市部に近づくにつれ検問所の出入は厳しくなるわ」とは何だったのか

村を出る前に友達に注意された事をどうにも疑ってしまう。


私のあっけにとられた顔を見てか、神官様が慌てて喋る。

「い…今のは、教会にとって有事に該当するからその権限を使ったまでで、

普段からあのようには接することはないから、心配しなくていいよ」


体を傾け頭を窓によりかけながら思う。

教会の影響力ってすごいんだな~っとエーリカにいるうちには感じられない

テュール神の偉大さを感じ取り、同時に私という者の重大さに気づいた。


思わず溜息がでる。

というのも自分の住んでいた世界は小さい、その事実を身をもって

知ったのだから…


神官様のほうを見ると同じように息を漏らしていた。

何故だろう?それと顔色も少し暗くなったような気もする。


その後、

互いに会話を交わすことなく教会に着いた。






「馬車を降りる前に少しいいかな?」

扉に触れようとしたときにそう問われた。


頷いて返すと、話を続けた。

「この教会を治めているのは、実はテュール神の信徒ではないんだ」


「だからといって、君のことを無下にしたりはしないよでも伝統やしきたりに

厳しい人だから、話すときには気を付けてね」


喉の奥が乾くのを感じ、指先が小刻みに揺れていた。

だけど固まっていてはいけない。

勇気を振り絞り、扉に向かって手のひらを突き出した。


バァン!

緊張の余り、力強く開けたせいか、激しく音がなる。

後悔の念にさっそく取り込まれていると、教会の前に立つ

ふくよかな体系の男に気づく。


「【ウィドグ】へようこそ!、ウィン!君には、まず先に伝えばならんのだが――










夕日も沈みすっかり夜になってしまった。


あの後、挨拶が済むと彼は、神官長ベナールと名乗り。

続けて私と共に来た、神官ホウを紹介してくれた。


すると、ご厚意で教会の中を案内してもらう事になった。

聖堂を輝かせるステンドグラス、教会秘蔵の聖遺物、

それに関連するテュール神の教え、どれも素晴らしいかったが…。


神官長の話は長くとても退屈で、私の質問については。

「後で、ホウから聞きなさい」としか返事が返ってこなかった。


気が済んだのか、一通り話し終えたかと思うと歩きながら

ホウに向かって、神官長が目くばせをした。


「それでは神官長、巡礼者殿はお疲れのようですし、宿の方へ案内してもよろしいでしょうか?」

うむ、と答えるとベナールは独りでに歩き、教会の奥へ向かった…。



そして今、私は神官ホウの案内で、教会が斡旋してくれた宿にいる。


荷解きをしていると、扉を叩く音――それに続いて声が聞えた。

「ウィン、神官のホウだ、中に入っても大丈夫かな?」


声高く返事を返すと、急ぎ足で扉を開ける、

するとそこには、布地にくるんだ細長い何かをホウは抱えていた。


「どうぞ、入ってください」

軽く会釈しながらホウが部屋に入る。


周りを見渡した後、私のほうに振り向くと。

「出来る限り、いい宿を選んだけど…不便なことなどはないかい?」


「いいえ、そんなことありません!むしろ豪華で驚きました!」


実はそのはず

この宿、貴族階級や一部の教会関係者しか泊まれない高級宿だったからだ。


私はこの部屋、延いてはこの宿に足を踏み入れてからは、

自分が場違いな所にいるんだと思って、少し村に帰りたいような気がしていた。


「なら良かったよ、あとコレ――

君あてに預かっていた物なんだけど」


荷物を抱えながら器用に布を取り払うと、中から見事な杖が姿を現した。

深い色合いを持ち、魔術の媒介となるルーン文字が円形状に刻まれている。


「驚いたかい?、エーリカの牧師さんから預かっていたんだよ」


思いつく限りの感謝をホウに伝えると同時に、目頭熱くなるのを感じた。


ほっとした表情を浮かべたホウを部屋から見送り、

杖を抱えたままベッドに横たわる。


杖を鼻先に近づけるとエーリカ村の少し塩っぽい匂いが微かに香り、

気が安らいだのかそのまま眠ってしまった。


都市に渡り不安だらけの中、初めて出会ったやすらぎが

故郷だったのを私は忘れない。




































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気付けば、僧 オダハラ モミジ @odahara

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