想いを伝える勇気

紫陽花の花びら

第1話

 幼馴染みか。環を見ているだけで幸せだよなんて大噓だ。でもどうすることも出来ない。こんなに傍にいるのに。誰よりもお互いを知り尽くしているのに。見えてないよね。環は僕を通り抜けて少しずつ離れていて行くんだ。寂しいよ。

「祐希は気持ち良いくらい柔らかだね」

「はあ? なにそれ……硬いよ!」

ストレッチをしてみせると、環は大笑いして

「馬鹿! 心、心よ。優しくてさ。温かでさ」

やめろ! そんなこと言われても嬉しくない。辛いだけだなんだ。


「祐希、私ね好きな人出来た」

僕は一瞬固まったけど、わざと知らん顔した。

環は僕の顔覗き込み

「聞こえないふり為て!」

「えっ? 何?」

「もお~良い! 性格悪い!」

昼休みの終わりを告げるチャイムがなっている。環はバタバタと教室に戻って行った。

その後姿を見送る僕は叫ぶしかない。

「だからなんだよ。そうかよ……そんな話し聞きたくない! 畜生!」

午後さぼろうか。もう疲れたんだ。環の恋バナに付き合うのは。

携帯が鳴る。村山かぁ。

「なに?」

「なにじゃねえょ! 屋上でうだうだしてないで帰ってこい! 山谷鬼と化している」

「うい~今行く」

はぁ~どうでも良いけど、こんな時は村山の気持ちが途轍もなく嬉しい。良い奴だなぁ。

そっと教室に入ると、鬼と化した山谷が立っていた。

「すいやせん」

「お前誰? お~そうですか~名前ない?」

「……武田祐希です……」

「よしよし、よく言えたなぁ。今日は小テストなんだよ。お前は余裕らしいから、他の奴らの倍な。ほい! 八枚」

「……」

泣ける。これを踏んだり蹴ったりというのか! 山谷の鬼! 結局終わらず居残りになった。

「待っててやるから。頑張れ」

村山は本当優しい。

「なぁ、むーさん……今度生まれ変われれるとしたら何になりたい?」

「なんだ? ポエムか? ククク」

ムッとしている俺を見て

「人間だな。俺は意思が欲しいから。祐希は?」

「僕は……ぽっかり浮かぶ雲」

「アハハ! やっぱポエムじゃないか。でもなぜ?」

「あいつが雲に乗りたいって言うからさ」

「あいつって、環か?」

「うん……乗せてやりたい」

「……お前告れよ。玉砕覚悟で行けよ」

「嫌だ……絶対嫌だ……今までの関係が駄目になるくらいなら沈黙を守る。それが僕の美学だ」

村山は深い溜息をつくと

「お前って奴は……馬鹿だな。でもぐっと来たぞ」

「お前にしか話せないよこんな事。本当悪いと思っている」

「なら、奢れ!」

「お~よ~」


村山は、祐希の笑顔が好きなのだ。だから、環と上手く行って欲しい。そうすれば祐希の笑顔が見られる。


「俺訂正するわ」

「何を?」

「さっきの話。俺は空になる」

「空? 何で」

「お前が雲になって環を乗せる。俺はそれを空として見守る」

ガラッ、山谷鬼先が入ってきた。


「出来たか~どうだ……後に二枚か。今日はこれで勘弁してやるから。これから真面目にやれよ。俺は絶対風が良いなぁ。さぁ早く帰れ!」

僕らは唖然とした。

風? 山谷鬼先が風? ロマンチストかよ~でも笑えなかった。

山谷鬼先に吹かれて僕が環を乗せ流れるんだ。

ならば青空は必須アイテムだ。 

「村山青空君!」

「誰? それ。 俺? う~ん 今日はその名前甘んじて受ける。そのかわり奢れ! ハックバーガー」

頷く僕は、村山青空君にハックバーガーを奢った。二つも! 食べ過ぎだぞ。


 数日後、環に誘われ屋上でお昼を食べていたときだった。

「振られた」

「えっ?」

その場に泣き崩れる環にかける言葉など持ち合わせてはいない。

僕は背中を遠慮がちに、そっと擦る事しか出来なかった。

暫くして環は、

「有難う。落ち着いたから大丈夫」

それでもやめられなかった。


 僕はひと言も喋らなかった。

そうする必要ないような気がしたんだ。環は泣くのを我慢して、声を出さずに涙を頻りに拭いて頰が痛々しいほど真っ赤になっている。可哀想に……。でも今は言葉なんて意味を持たない。


然し空は、空は何処までも青空だ。吸いこまれるような青空だ。


風は優しい。今この世で零れ落ちいく全ての涙を優しく受け止めていように風はしなやかだ。


村山青空くん! 山谷鬼先! 僕は変われるのか。


「祐希……失恋は辛いよ。片想いはもっと辛いよ」


判ってるよ……知ってるよ……環より随分前からね。


「言葉って残酷なんだね。でも無性に欲しくて泣ける」


知ってるよ……ぽろぽろ落とされる言葉って残酷だよ。それでも傍にいたいって想うんだ。


「私は、このまま終わってしまうのかなぁ。もう怖いの。誰も誰も私を見てくれないような気がして」


 僕に優しい毒をくれ。甘い毒をくれ。環をそれで惑わせられたら良いのに。僕をすり抜けて行く環の心を眠らせられたら良いのに。

そうすればこの腕に、この胸に環を抱き続けていられるのに。


変わりたい!


やっぱり言葉にするよ。 

環を失なうことは恐ろしいけど。

このままで良い訳ない。


もう僕には美しい沈黙なんていらない。欲しいのは環お前だけだだ。


環だけなんだ。

短い言葉しか浮かばない。

「愛してる」

今もこれからもこれだけは言い続ける。








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