末文
末文 月の仔狗
「少し、遅いな」
崖の隙間の入り口から空を見上げながら、
ついと振り返り、
「申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。あれは、言い出したら聞かぬのです」
宇迦之は渋い顔を隠さない臥龍を見、ふふと笑った。
「御子息ですか?」
臥龍は虚を突かれたような眼で宇迦之を見返してから、苦笑して首肯した。
「はい。不肖の息子ですが」
宇迦之は首を横に振り「面立ちがよく似ておいでです」と微笑んでから、矢庭に表情を硬くした。
「――貴方のお顔は存じ上げております。禁軍にいらっしゃいましたね」
臥龍は小さく頷いた。
「
「そうでしたね。覚えておりますよ。白皇が
「はい。――際果てにおりましたが故に、皇の危難に馳せ参じる事
「御無事でいらして本当によかった。――氷珀の事は、長く気掛かりだったのです。当時、皇のお
臥龍は宇迦之の前に歩を進め、膝を突いた。
「名工の
「元より承知の上です。そも、辺境の育ちであるわたくしには、宮中のほうが余程肌に合いませんでした」
宇迦之は小さく笑った。
と、そこへ軽い物音と共に着地した者があった。二人が入り口に目を向ければ、そこには
らしいと言えばらしいが、あまりに酷い息子の有様に、臥龍は呆れた顔を向ける。
「お前、それがどういう御方か本当に分かっているのか?」
「ああ? 何言ってんだよ、分かってなかったら連れてこねぇよ」
「全く……。その分では力に物を言わせただろう。先が思いやられる」
臥雷は臥龍の嘆息に、へへっと笑って見せた。
と、そこにべしょり、べしょり、という気持ちの悪い音が近付いてくる。
「なんだ?」
眉間に皺を寄せた臥雷が、食国を担いだまま入り口の方へ向かうと、そこへ姿を現したのは、男を一人背負った
「お前、何やってんだ? お前はこの二人の迎えにきたんだろうが」
呆れたように呟く臥雷に、野犴は忌々しそうな顔で「面目ない」と額に張り付いた髪を掻き揚げた。
臥龍が、男の背から生えた二本の矢を見て顔を険しくする。
「お前、
「これは瀛洲の者じゃない」
言うや否や、野犴は背中からずるりと投げ出すように男を滑り落とし、岩の上にどさりと転がした。
「
男の傍にしゃがみ込んで顔を覗き込みながら問う臥雷に、野犴は氷の様に冴え冴えとした眼と口調で答えた。
「
『白玉の昊 序章』 完
続 『白玉の昊 破章』
https://kakuyomu.jp/works/16817330651111612092/episodes/16817330651112174118
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