雪に浮かぶ骨

月井 忠

冬の日常

「寒くないか?」

 助手席の弟に聞いた。


 答えるわけがない。


 ヘッドライトが道を照らす。

 雪の壁が両側にあった。


 弟は冬を嫌った。

 妻も冬が嫌いだった。

 二人は気が合った。


 去年は妻を乗せ、この道を走った。

 帰りは一人だった。


 今年も一人で帰ることになるだろう。


 私は一人が好きだ。




 駐車場に車を停める。


 助手席に目をやった。


「後でいいか」

 そのままにして、運転席のドアを閉める。


 トランクを開け、スコップをつかむ。


 暗い道を歩いた。


 深夜だと人通りはまったくない。


 実家は雪に覆われていた。

 屋根の雪が、地面に積もった雪とつながっている。


 持ってきたスコップで雪かきをする。




 朝になって家の周辺を雪かきする。

 冬の間はこれが日常だ。


 私は雪が好きだ。


 音をかき消してくれる。


 泣いても喚いても、音が漏れることはない。


 次は裏山に続く道を作る。


 私には負うべき罪がある。


 去年の秋のことだった。


 妻は「私のこと愛してる?」と聞いた。

 私は笑ってごまかした。


 次の日、予定していた用事がなくなり、早めに家に帰る。


 リビングのソファには全裸の妻と弟がいた。

 二人は絡み合っていた。


 私は何も言わなかった。


 弟は慌てて下着を履き、自分の服をかき集め出ていった。


 妻は「私のこと愛してる?」と聞いた。

 私は何も言わなかった。


 妻は自室に駆け込んだ。




 翌朝、静かになった妻の部屋を開ける。


 床には服が散乱していた。


 ウォークインクローゼットのドアが開いている。

 両足が見えた。


 妻は足を投げ出すような格好で座っていた。


 白い肌に触れる。


 恐ろしく冷たい。


 妻は寒さを嫌っていた。


 首にはロープが巻き付き、上のパイプハンガーにつながっている。

 腰がわずかに浮いていた。


 自ら命を絶ったのだろう。


 弟は妻の葬式に来なかった。

 連絡がつかなかった。


 それ以来、連絡をしなくなった。




 二ヶ月前、弟が死んだと連絡を受けた。

 発見したのは友人と名乗る女性だった。


 女性に「人でなし」と言われた。

 女性は弟のことを慕っていたのだろう。


 弟は仕事を辞め、家にこもっていたらしい。

 弟は妻のことを愛していたのだろう。


 死因は不明だった。


 部屋は荒れ果てていた。


 私は妻の部屋を思い出した。




 ようやく墓までの道ができた。

 一度、家に戻る。


 私には負うべき罪がある。


 私は何もしなかった。


 妻を愛していないなら、もっと早くにそう言えばよかった。


 弟に連絡がつかないなら、会いに行けばよかった。


 弟の骨壷を持って引き返す。


 去年は妻の遺骨を運んだ。

 今年は弟の遺骨を運ぶ。


 私は一人が好きだ。

 しかし、孤独は嫌いだ。


 昨晩、飲めない酒を飲んだ。

 酔いに任せて、ひたすら泣いた。


 雪は私の泣き声をかき消してくれた。


 だから、私は雪が好きだ。


 しかし、妻と弟は雪を嫌った。


 私は来年も雪かきをするだろう。


 二人が雪に沈まぬように。

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雪に浮かぶ骨 月井 忠 @TKTDS

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