白い霧

津多 時ロウ

白い霧

 私は白い木立の中を歩く。

 周りは一面の白い霧と白い木々。

 1メートル先も見えないけれど、その景色は明るい。

 鳥のさえずり。

 葉擦れの音。

 鹿の鳴き声。

 そして下草と地面を踏みしめる音だけが聞こえてくる。


 私はぼんやりと見えている道を歩く。

 時折、前を行く鹿が振り返り、私に話しかけてくる。


「あなたはどこに行くの?」

「この先へ」


 時間も忘れて明るい木立を歩く。

 時折、誰かが話しかけてくる。


「この先に何があるの?」

「分からないわ」


 けれど、あの男がいる村にこのままいるよりは、幾分かましだと思えた。


 ――それにしても


 それにしても無心で歩くことのなんと清々しいことか。

 私という存在が確かにここに在ることを、

 私が自然の一部であることを、

 この上なく実感できる。


「あなたはだあれ?」

「……」


 私が誰であるかということに何の意味があるのだろうか。

 私は紛れもなく、この木々の、この霧の一部なのだ。


 そして、何も聞こえなくなった。

 否。全てが自分の音となり、世界の音となり、木々と、鳥のさえずりと、葉擦れと、鹿の鳴き声と、下草と、境界なく一体化したのだ。溶け合わさったのだ。

 そこに自分は確かにいるが、確かにいない。

 音は確かに在るが、無音にも等しい。

 ああ! なんと素晴らしいことだ!


*―*―*


 やがて幾日かの後にふらりと村に戻れば、村一番と言われたその娘は何も見ず、何も語らず。

 ただ人形のように在るばかり。

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白い霧 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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