雨の日も風の日も

風と空

第1話 いつもの光景

 ゴロゴロ…… ゴロゴロ……


 あ、お母さん今「より銀」やってる。

 今なら話しかけれるかな?


「お母さん、バイト行ってくるね」


「ああ、佳奈美いってらっしゃい。気をつけてね」


「うん。行ってくるね。お母さんちゃんと休憩してよ」


「はいはい。大丈夫よ〜」


 パタン。


 本当にもう…… 集中すると周りが見えないんだから。

 さて、私も頑張ってこなきゃ。


 私こと伊藤佳奈美いとうかなみ(17)は銀線細工職人のお母さんと二人暮らし。お父さんは事故で亡くなっているけど、古いけど持ち家一軒家で細々と暮らしているの。


 お母さんは独身の頃から銀線細工に携わってきた職人さん。ようやく名前が売れてきてポツポツ注文が入ってきたんだよ。


 でも生活は貯金や遺族年金に助けられているけど、正直ギリギリ。お母さんは言わないけど、私も働ける年齢になったからコンビニで夕方から働く事にしたんだ。


 正直言って、もっと欲しい物とかいっぱいあるけど、毎日あれを見てるとね…… 応援したくなるんだ。


 さ、今日も頑張って働きますか!

 家から五分のなじみのコンビニが私のバイト先。

 ちょっと行って来ます。


 *********************************************



「お疲れ様でした〜」


 ふう、今日も何とか終わった。


「佳奈美ちゃん、お疲れ様。Natsu さんに今回のコレも凄い素敵だったって伝えてくれる?」


「あ、店長。お疲れ様でした。お母さん喜びます!いつもありがとうございます」


 思わず深々と腰を曲げてお礼をしてしまう。何たって店長は女性でウチのお母さんのお得意様なんだ。因みにお母さんの名前は夏美だから「Natsu」という名前で作品を売り出してる。


 今回店長が買ってくれたのは、髪止め。早速つけて自ら宣伝してくれている。それを見るたびに、お母さんを誇らしく感じるんだ。でもね……


「店長、またお母さん食事してないかもしれないので、これで失礼しますね」


「ああ、呼び止めてごめん。佳奈美ちゃんも無理しないでよ〜。ウチの戦力なんだから」


「はーい。ありがとうございます。失礼します」


 ふふっ、店長いつもそう言ってくれる。嬉しい。

 私のいつものローテションは、コンビニで夜食用のパンを買って帰る事。


 お母さん集中してまた食べるの忘れているかもしれない。

 自転車を走らせて、家に帰る。


 家の扉を開けるとシーン…… としていて、お母さんの作業部屋から灯りが漏れている。


 やっぱりね。

 静かにドアを閉めて、台所の電気をつける。


 冷蔵庫から牛乳を出してマグカップに二人分入れて、電子レンジであっためる。


 砂糖もちょっと多めにしてっと。


 なんせ銀線細工は繊細な作業。神経結構使うんだ。

 それも全て手作業で、一品もの。

 時間と手間暇をかけて作り上げるの。

 だからお母さんも甘い物が好き。


 買ってきた惣菜パンとマグカップ二つお盆に乗せて、そおっとお母さんの作業部屋に入る。


 机に向かって、作業中のお母さん。

 今は、七ミリに伸ばした純銀線を使って外枠を作っている。

 

 あれはチューリップの花かな?

 ペンダント作成…… ?

 


 カタ…… カタ…… カタ……


 作業音以外なにも音もしない時間。

 お母さんは長年使ってきた指と使い慣れたピンセットで、曲がりやすい純銀を思い通りに形作る。


 この作業は、毎日毎日感覚を研ぎ澄ませてやっていかないとすぐ元に戻るってお母さん良く言ってた。


 だから私も沈黙して作業をしばらく観察する。

 するとお母さんの手によって綺麗なパーツが出来上がってくる。


 私のお気に入りの綺麗な時間。


「…… ふう」


 一区切りついたかな?


「お母さん、休憩しない?」


「あ、佳奈美帰ってたんだ。お帰り」


 ちょっと疲れた顔で振り返るお母さん。


「ホットミルク持って来たよ。こっちの机に移動して一緒に飲もう」


 テーブルにお盆ごと置いて私も座る。

 お母さんも私の向かいに座り、ホットミルクを手に取る。


「ん〜 ! 美味し」


「お母さん集中し過ぎ。また食べてないでしょう」


「だってコレ孝ちゃんからの依頼よ。彼女にプレゼントするんですって」


「え?孝治兄ちゃん彼女出来たんだ!凄い!」


「そうよぉ。こーれは頑張らなきゃいけないでしょう」


 胸を張って言うお母さんだけど、ご飯を食べない言い訳にはなりません!


 でも孝治兄ちゃんは、ご近所に住む社会人なりたての真面目なお兄ちゃん。面倒見もいい人だから応援はしたい。


「ん〜でもさ、お母さん倒れたら元も子もないじゃん。しっかり食べてよね」


「あ〜、耳が痛いわぁ。あ、そのパン美味しそう、貰っても良い?」


「もう!すぐ誤魔化すんだから」


 お母さんとお互いに笑い合って一緒に遅い晩御飯を食べる。

 こうやって今日あった事を伝えたり、お互いの情報をすり合わせる大切な時間。


 お母さんはこうやって英気を養っているの。だって。


 そうだよね。


 銀線細工は作業音だけが響く一人作業。

 でも生み出されるものは精密で美しい銀線細工。


 根気がいる職人技だもんね。

 

 協力するよ、お母さん。

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