祈り 誰が為に

維 黎

silent prayer

 言葉には力があるって誰かが言っていた

 僕もそう思う

 それは誰もが知っている真実


 挫けそうなとき 何気ない言葉で救われたことがある 

 下を向いて歩いていたとき たった一言で顔をあげることが出来たあの日を 僕は今も覚えている

 

 心無い言葉を向けられ傷ついたことがある

 逆に自覚していなくても 誰かを傷つけてしまったことがあるかもしれない

 それは誰もが知っている現実


 言葉には力があるって誰もが知っていた

 僕も知っている

 だから黙っていたらわからない

 言葉にしなければ伝わらない


 愛も 憎しみも 喜びも 悲しみも

 

 言葉には美しさがあるって誰もが知っているだろうか

 僕は知らなかった

 君に出会ってそれを知った

 僕の心にいつも君の言葉おとが染み入ってくる

 耳朶をくすぐる綺麗な言葉おと


 そうだと思っていた

 そうだと知っていた

 そうだと知った


 誰かに何かを伝えるには

 君に何かを伝えるには

 想い込めた言葉を発しなければ それが唯一だと

 そう思っていて そう知っていて そう知ったのだけれど





 その日は一面の青空でとても気持ちが良い天気だった

 誰一人 心晴れやかな人はおらず 悔しさと 悲しさと 怒りと 戸惑いと そういった諸々の昏い負の思いが渦巻いているのに テレビドラマのように都合よく雨など降ってくれない

 歳月ときはずいぶん流れたけれど

 周りは刻々と変わってきたけれど

 多くの人がそれぞれに想いを届けたい人は 変わっていなくて


 たくさんの人が亡くなった大きな事故があった 

 今日という過去の日に 

 家族が 恋人が 友人が 先輩が 後輩が 同僚が 上司が 部下が 一堂に会している

 言葉にどれほどの力があったとしても 伝えられない相手がいる

 言葉ではどうしよもないことがある

 だから言葉にはしない

 瞳を閉じ こうべを下げ 胸に抱いた思いを無音をもって伝える


 黙祷


 国籍も 人種も 性別も 宗教も 何もかもを超えてただ黙して祈る行為は万国共通

 その永劫の一瞬だけは世界を静寂が包み込む


 僕は毎年少し離れた場所でその光景を見ていた

 頭ではわかっていても心で認めたくなくて

 君がいないなんて


 僕が見つめる視線の先には 多くの深い悲しみがあるのだけれど

 それでも毎年なぜだか思うのだ

 君の言葉おとのように この沈黙おとも美しい と



                ――了―― 

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祈り 誰が為に 維 黎 @yuirei

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