短編・転生前の記憶が戻ったので、お嫁さんたちを助けます 〜嫁いびりは異世界でも〜

@Miazu3

嫁姑問題は異世界でも

「あらぁ〜? 依芽子よめこさん、こぉんなことも出来ないなんて! ご実家ではどんな教育を受けてたのかしら?」


 嫌なものを思い出してしまった。

 ある日突然思い出すようになった記憶は、私のものであって私のものではなかった。


 たぶん転生というやつなのだと思う。

 その転生とやらをする前に娘が貸してくれた小説や漫画は、そういった経験をした主人公やヒロインが描かれていた。


 転生前の私はただのパート主婦。家事育児は女の仕事と割り切って家庭を顧みない夫と優しい娘。実両親は早くに鬼籍に入っていて、意地悪な姑と無口で無干渉な舅。

 近距離に住んでいるのをいい事にこちらの都合お構い無しに呼び出され、馬車馬の如く働かされた。よくある嫁姑問題だ。


 転生した私は侯爵家に生まれ公爵閣下に嫁ぎ、誰もが羨むような結婚生活を過ごすも今は未亡人。

 先の大戦で大切な夫を亡くしたのだ。今、領地は息子と義弟に頼んでいる。


 現代日本に生きていた私が、おとぎ話のような世界に転生するなんて考えもしていなかった。


 今日は侯爵夫人主宰のお茶会に呼ばれている。

 あそこは大奥様がきびしい方だから、若奥様は苦労されていたはず。

 今日のお茶会は何も起こらないといいんだけれど。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ごきげんよう、本日はお招きいただいて大変嬉しく思いますわ」

「いえ、こちらこそお越しいただけて嬉しい限りですわ」


 社交辞令の飛び交うお茶会。

 貴婦人たちの微笑みは華やかな扇子に隠されている。


 参加者たちが皆揃い、和やかな雰囲気が満ちた頃にかの人がやってきた。


「あらぁ〜、皆様本日は……うちの不出来な嫁のためにお集まりいただきましてありがとうございます。気の利かない嫁なものですから、行き届かない部分もありますでしょうが、ごゆっくりお楽しみくださいませね」


 ただただ嫁である、侯爵家の若奥様を貶めたい大奥様のお出ましだ。


 参加者は若奥様、大奥様どちらにも味方をせずに揃って扇子で苦笑いを隠した。

 若奥様の顔色を見るに、大奥様はご参加されない予定だったのだろう。俯き唇を噛んでいる。


「ごきげんよう、ピオニー夫人」


 大奥様は真っ先に私の元へ挨拶に来た。本日の参加者で一番爵位が高いのが私だったからだ。


「ごきげんよう、トメイン夫人。とても素敵なお茶会にお呼びいただきありがとうございます」

「いえいえ、とんでもない! ピオニー夫人が来てくださるだけでとても嬉しく思いますわ」


 大奥様はそのまま私のテーブルの一席に落ち着いた。


「皆さま、申し訳ございませんねぇ」


 大奥様は意地悪な笑顔で若奥様をチラチラ見ながら話し始めた。


「やっぱり私が選べばよかったわぁ。テーブルクロスもティーカップもセンスが悪くって……。ヨメリーヌに全て任せたのが良くなかったのかしら」


 おそらく大奥様は若奥様がどんなに高級なティーカップや伝統的なテーブルクロスを用意していても難癖をつけただろう。

 意地の悪い姑というのはいつの時代、どこの世界でも嫁が気に入らないのだ。


「全く、これだからヨメリーヌは……」


 客人をもてなす為にすぐ近くのテーブルに来た若奥様に聞こえるように言う大奥様。

 後ろ姿だが、背中がひと回り小さく見えるほど萎縮しているのが分かる。


 ああ、なんだかこんなシーン見たことあるなと大奥様の話を右から左へ受け流しつつ記憶を手繰る。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 そうだ、あのとき。

 転生前に姑が友人を家に呼んだことがあったっけ。もちろん当日の朝、急に呼び出されたわ。


依芽子よめこさん、あなた今日パートお休みよね?」


 そんな始まりの電話で、来客があるからお茶請けの買い出しをしてくること。義実家の掃除をすること。来客をもてなすのに相応しい食器(私のお気に入りのブランド物のティーカップセット)を持ってくることを言いつけられた。


 あのときは嫁いだ身なのだから、婚家によくよく尽くすようにと言われ続けていて、否定するのも拒否するのも面倒くさくなっていた。


 結局、言いつけられた仕事を全てこなしたのに


「うちの嫁は気が利かなくて……。すみませんねぇ」


 と姑は友人たちに言って笑っていたっけ。

 私が買ってきたケーキを食べ、私がお気に入りのウェッジウッドのティーカップに入れた紅茶を飲みながら。

 姑の友人たちは苦笑しながら、素敵なおもてなしありがとうと言っていたけれど、給仕以外は引っ込んでるよう言われた私は遠くから聞いているだけだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ああ、思い出したら今更ながらムカついてきた。

 姑が求めるレベルのお茶請けは自宅から一駅離れたケーキ屋が一番近かったし、そのケーキ代も私が立て替えた(返ってきたことないけど)。

 お気に入りのティーカップセットはあのまま義実家のカップボードを彩ることに。


「……というわけでね、ヨメリーヌは本当にセンスがありませんの。ほぉら見てくださる?」


 どうやら私が転生前の記憶に意識を飛ばしている間も、大奥様は若奥様への嫌味をグチグチ続けていたようだ。


「このテーブルクロス、こんなに薄くって……。上質で伝統的な物はしっかりと厚みがあって、煌びやかな刺繍が施されているものですわ」


 大奥様は扇子を閉じてそのままティーカップを指した。


「それにこのティーセット。なんて安っぽいのかしら! 柄も入っていないし、持ち手は変な形。ヨメリーヌはなんでこんなものを選んだのかしらねぇ」


 大奥様の嫌味に、若奥様はすっかり小さくなってしまっている。


 今ここであのときの鬱憤を晴らしてしまってもいいかしら。


「トメイン夫人」


 ちょっとよろしいかしら、と微笑みかける。


「今日のテーブルクロス、お気づきになられませんの? こちらは最近流通し始めたばかりの特別な絹で作られた最高級品ですわ」


 南国原産の珍しい蚕から紡がれる絹糸で織られている。透けるような薄さなのにしっかり丈夫で七色に輝くとも言われている光沢がある。

 おそらく本日の招待客の伯爵令嬢が提供したんでしょう。令嬢のご実家は大貿易商ですし、令嬢は学院で若奥様の後輩にあたる方でしたから。


「公爵家はともかく、伯爵位以下の貴族であってもなかなか手に入れられない逸品ですわね」


 若奥様は私を涙目で見つめながら、コクコクと頷いている。


「それにこのティーセット。これは新進気鋭の陶芸家の最新作でしょう? 私、その陶芸家と懇意にさせて頂いているの。この間陶房を見学したときに、ちょうど焼き上がったところを見せていただいた作品ですわ」


 陶芸家は少し攻めすぎたデザインかもしれないと笑っていた。

 若奥様はその攻めたデザインが気に入って、今日のためにたくさん作らせたようだ。


「こちらも陶芸家が人気すぎて、私でもなかなか手に入れられない逸品ですわね」


 他にも卵を食べると発疹が出ると言っていた令嬢の菓子はフルーツゼリーに差し替えてあるし、お土産に用意されている菓子は店に入るのに何時間も待つ超有名店のものだ。

 気が利かない嫁、というのはどういうことなのかしら。


「こんなにご配慮いただいているのに、気が利かないって……」

「トメイン夫人は耄碌されたのかしら?」


 お茶会の参加者たちがヒソヒソと話し始める。


 大奥様は顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。


「私、今日はヨメリーヌ様のご招待だからここに来ましたのよ。ヨメリーヌ様はいつでも気を利かせて楽しいひと時を過ごさせてくださるわ。でも、トメイン夫人のお話に付き合わされるのであれば……」


 大奥様とバッチリ目が合う。そして私はそのままにっこりと微笑んだ。


「本日はここまででお暇させていただこうかしらね」


 大奥様は真っ赤だった顔を一瞬で青白く染め、席を立った。


「ごっ、ご気分を害してしまいまして……申し訳ございません。わ、私はちょっと気分が優れませんので……。失礼致しますわ!」


 そりゃあそうだ。

 未亡人とはいえ、元公爵夫人。

 私の不興を買えば社交界でも遠巻きにされてしまうだろう。

 しっかりとした足取りで素早いご退室をきめた大奥様は、誰が見ても気分が優れないご様子には見えなかった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「本日は本当に……本当にありがとうございました」


 お茶会の最後に涙交じりの声で声を掛けてくれた若奥様は、幾分すっきりとした顔をされていた。


「気にしないでちょうだい。私も少し思うところがあったものだから」


 そう言って侯爵家を出たにもかかわらず、後日少し高価な御礼が届けられたのだった。

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