【1話完結】無愛想な侍女長~婚約破棄を突きつけたら、相手は上官だった

@sii_takasi

無愛想な侍女長【1話完結】

「お前との婚約など破棄してやる!」


 王宮の通路にはふさわしくない大声に、周囲にいた人間が一斉に注目しました。

 大声で不穏なことを言ったのは、騎士である、伯爵家の三男フィリップさま。

 対面しているのは、ひっつめ髪で王宮侍女の服装をした女性――私の上司である王女付き侍女長ジュリアさまです。

 お使いを済ませて王女宮に戻る途中だった私が、先のほうで脇道から出てきたジュリアさまを見つけ、声を掛けようとした矢先、フィリップさまがジュリアさまの前に立ち塞がったのです。


「婚約を解消ですか……」

 不思議なことを聞いた、という風に、ジュリアさまはわずかに首をかしげました。


「理由はなんでしょう」

「相変わらず表情がない女だ。驚きもしないし愛想のかけらもない」

 いまいましそうに言うフィリップさま。確かに、ジュリアさまは表情に乏しいとの評判で、人によっては「鉄面皮」と言っています。ですが……。


「婚約者には愛想よくするものだぞ。お前には男を立てる気はないのか」

「婚約者にふさわしくない冷たい対応をした覚えはございませんが……。どのような態度を取るべきだとおっしゃっているのでしょう」

 静かに言うジュリアさまに、フィリップさまは怒りをつのらせたようです。


「そもそも貧乏子爵家の娘が、名家たる我が家の者と婚約できたのだぞ。それだけで感謝するべきものではないか!」

「待て待て、ちょっと待ってくれ」

 そのとき、騎士が走ってきて二人の間に割り込みました。あの騎士はフィリップさまが所属する隊の隊長のはずです。誰かが知らせたのでしょう。 


「お前は一体何をしているんだ」

 隊長がフィリップさまをとがめます。


わたしは、この女に自分の立場を分からせているだけです」

「立場って……」

 隊長は頭を抱えました。


「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか。彼女はな――」

わたくしは構いません」

 隊長の言葉をさえぎり、ジュリアさまはフィリップさまに言いました。

 

「婚約を解消したい、というご意向だということでよろしいですね?」

「その通りだ」

 うなずくフィリップさま。隊長は慌ててジュリアさまを止めようとします。


「いや、そう早まるものでは――」

「証人になっていただけますね?」

 隊長に向き直り、あくまでも静かな口調で、ジュリアさまは訊ねます。


「しかし――」

 言いかけた隊長は、ジュリアさまの目にひるんだように視線を逸らして、周囲を見回します。が、何かに気づいたように、右手を額に当てて大きくため息を吐き、うなだれました。

 おそらく、野次馬たちのなかに侍従や大臣補佐官など高級官吏たちの姿があるのを見て、もはや口封じは不可能と悟ったのでしょう。


「では、婚約は解消ということで、父に伝えておきます。ごきげんよう」

 そう言うと、侍女長さまは王女宮のほうに歩いて行きました。


 「まったく、いくら侍女長とはいえ、たかが侍女ごときが騎士よりも偉いつもりか!」

 そう吐き捨てるフィリップさまに、隊長はあきれた様子で声を掛けました。

「お前、本当に知らないんだな」

「何をです?」

 聞き返すフィリップさまに、隊長は言います。


「お前、上官にケンカを売ったんだぞ」

「は?」

「お前は9等官だよな」

「そうです」

 何を当然のことを、と言いたげなフィリップさまに、隊長は告げました。


「彼女は7等官だ。俺と同格だよ」

「……は?」 

 ぽかんとするフィリップさま。


「王族の侍女だぞ。平の侍女でも高等官9等、お前と同格だ。『たかが』と言える存在じゃない」

 無言になったフィリップさまに、隊長はさらにあることを告げます。

「それにな……」



「まったく、ひどい話ね」

 王女さまは、あきれた、という口調でおっしゃいました。

 あのあと、フィリップさまの父である伯爵さまが王女宮に飛んできて、王女さまとジュリアさまに謝罪し、婚約は解消となりました。


「自分のことならともかく、家のことを言われたら、さすがのも怒るわよ」

 早くに生母を亡くされた王女さまは、非公式の場ではジュリアさまを「母さま」と呼ぶほど慕っていらっしゃいます。そのようなジュリアさまですから、国王陛下や宰相閣下からも信頼を寄せられています。……フィリップさまはご存じなかったようですが。


「……まあ、わたくしに愛想がないのは事実ですし」

 そういうジュリアさまに、王女さまは勢い込んで反論されます。

「そんなこと言わないで。私は、母さまには、本当の姿を分かってくれる人と幸せになってほしいの。……その上で、ずっと傍にいてくれるとうれしいけど……」

「……ありがとうございます」

 フィリップさまは永久に知ることはないでしょう。ジュリアさまが王女さまに見せる、あの優しい笑顔を。

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