第四話 再生

 画面の中で歌っているあの人は、十年前に死んでいた。


 ふらふらと学校から帰るとベットに倒れ込む。電車の中でひたすらあの人の死亡記事をスマホで検索した。どれもこれも胡散臭い記事だけど、アパートで死んでいたことだけは同じ。詳しい死因はわからない。ただ自殺ではないことだけはわかった。


 やるせない。不明ってどういうことなんだろう。どういう死に方をしたのかくらいはわかるはずなのに。誰かに殺されたの、思い詰めたの、それとも自殺を隠しているの。わからないままだから私のどうしようもない気持ちは行き場を失って、どこにも吐き出せないままでいる。


 何も手につかなかった。日課のギターを弾く気にもならない。


「せいーしゅんすぎーさり、もどーれぬぼくーらは……」


 あの人の歌を口ずさんでみても続きが喉の奥で詰まる。歌詞を忘れたわけじゃない。何十、何百回と聞いてきたのだから忘れるはずがない。自然と出てきたものが出なくなっている。胸を高揚させる熱を感じられなくなっていた。


 嫌だ。嫌だ嫌だ。私があの人の歌をそんな風に思うなんて。


 気付けば嗚咽が漏れていた。必死に抑えていた涙が溢れ出して枕にいくつもの染みがつくる。袖で拭うと歪んだ視界に傷だらけの指先が見えた。


 あの人に少しでも近づきたくてギターを始めたのに、あの人はどんなに手を伸ばしても届かないところにいる。もし何かのきっかけで出会うことができたならありがとうと一言伝えたかった。叶うことなら運命の糸が繋がっていて欲しかった。


 初めから叶うはずもなかった私の初恋。画面の奥でしか私はあなたを知らない。いっそ出会わなければよかったのに。


 立てかけていたギターをケースにしまう。きっともう、私はギターを弾けない。



 * * * * * *



 私がギターと再会したのは社会人になってからだった。


 情熱を忘れた私は流されるままの人生に戻ってしまっていた。大学に進学したけど公立は落ちて私立だし、就職もうまくいかなくて志望とは全く逆の会社に入ってしまった。転職するにもやりたい仕事には経験が必要だし、生活もある。こんなはずじゃなかったのにとぼやく、どこにでもいる社会人になってしまった。


 そんな折だ。祖父母の家に帰省した際、物置になっている小部屋の奥から眠っていたギターケースを発見した。取り出して調整もしないまま弦を弾いてみる。


 不格好な音が響く。その振動は、確かにあの頃感じていたものだった。


「懐かしい」


 初めて情熱を注いだものがこのギターだった。


 親からは三日坊主だとそれ見たことかと何度もなじられたものだ。一月近く続けていたものを辞めたからと言って三日坊主扱いするのには腹を立てていたことを思い出す。けど結局弾かないまま終わってしまった。


 ギターを肩から掛けると弾きもせずに、自然とあの人の歌を口ずさんでいた。もう長いこと聞いてもいないのに鮮明に覚えている。私はあの日紡げなかった続きもいける。一番を歌い終え、まだ続けられる自分に気が付いた。最後まで歌えるだろうか。私は目を閉じて言葉を紡いだ。



 腐った空気を、吸ったばかりに。吐き出す言葉も汚れてしまった

 青春過ぎ去り戻れぬ僕らの、何が答えで何が間違いか

 ギターを鳴らせ24。お先真っ暗くそったれの社会さ

 それでも生きろ

 夢はどこだ、希望は彼方

 暗がり怖がり一人で強がり

 一寸先の闇に飲まれてももがく

 見えない星も輝いてる

 きみもそうだろ、僕だってそうだよ



 ……できた。自分でもまさか全部覚えているとは思わなかった。


 大人になってからの方があの人の歌がよく染みる。またかって思うけど、私のことを歌ってるんじゃないかって感じる。分かっていたつもりで語ってみたりしたのは今になってみるとちょっと黒歴史だったかもしれない。


「へぇ。歌、うまいじゃないか」


 ばっと入り口を見ると叔父が部屋を覗いていた。そうだ、叔父も帰省していたのをすっかり忘れていた。


「ちょっと叔父さん。見てたなら言ってよ」

「はは。悪い悪い……それ、よく知ってるな。俺の頃にちょっと流行ったんだよ」

「え、そうなの?」


 私は目を見開く。初耳だ。私は弾けないのにギターを担いでいるのが


「昔ちょっとかじったんだろう? また始めてみたらどうだ」

「いや、でも。もう私今年で24だよ」

「まだまだ若いじゃないか。そのバンドのボーカルがギター始めたのも24だぞ。知らなかったのか? その歌のギターを鳴らせ24ってやつ。ギターに触れたのが24だからなんだよ」


 したり顔で語る叔父に私は苦い顔をする。私はその歌詞、24時間かき鳴らそうって意味だと思っていた。あの人が死んだとわかってから距離を置いてしまっていたけれど、思えば私はあの人のことをまだ全然知らない。


 叔父の言葉に触発されたわけじゃないけど、帰宅するとき私は自分の住むアパートにギターを持って帰った。


 また講座でも見ようかとひさびさに開いた動画サイトに、歌ってみたというものがある。そうか、今の時代こういうのもあるんだ。著作権などが気になって調べてみるとちゃんと正規に料金を払えばいいらしい。


「……やってみようかな」


 私はずっと、あの人の曲をギターで弾いてみたかった。でも何より私が心を動かされたのは歌詞だった。


 夢も希望も持っていないけど、あの人の歌をたくさんの人に知って欲しいと思う。それには今生きている人が歌わなきゃ。あの人の代わりに私が歌おう。あの人の残したバンドが今でも歌っているかもしれないけど、私が歌いたいんだ。


 止まっていた時間を動かすために、前に進むために。


 私の乾いた心臓がひび割れて声を上げていた。



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生きるほど遠のくあなたに恋をして 蒼瀬矢森(あおせやもり) @cry_max

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