アイ・ガン

 桜が散って世間が少しだけ落ち着いた頃。

 青野瑛太と立花日織は並んで学校からの帰り道を歩いていた。二人に以前のようなぎこちなさはなくなっていた。

「瑛太くんと会ってもう一年かぁ、あっという間だったね」

 日織は懐かしそうに空を見上げる。一年前の今頃、瑛太は日織の拳銃を目にして、それから今の関係が始まった。

「記念日みたいに言うなよ。僕にとっては別にめでたい日でもないよ」

 一年前のことを思い出すと、拳銃を怖がっていた自分の情けない姿が目に浮かび、瑛太は恥ずかしい気分になった。そんな瑛太を日織は肘で小突く。

 瑛太は日織の小さな手を見て、よくわからない不思議な気分になった。一年前ならきっと今のは肘ではなく銃口だったんだろうなと意味のない想像をする。もう瑛太も一年前のように拳銃に怯えるようなことはなくなったが、今でも日織がカバンの中を探ると警戒してしまう。きっと今もカバンの中に忍ばせているであろう危険物は瑛太に一年分の記憶を思い出させる。

 やはり、二人の関係は一丁の拳銃から始まったのだ。

 違うだろうとわかってはいても日織の口から答えを聞きたかった。

「あのさ、日織」

 突風が日織の返事を遮った。

 風が止んだとき、二人を囲む空気はいつになく凪いでいた。



「――お前の拳銃それは本物なのか?」



 瑛太は日織のカバンに視線を向けた。今さらこんな質問をすることを少しだけ馬鹿馬鹿しく感じたが、どうしてもこれだけは本人の口からもう一度聞いておきたかった。

「これのこと?」

 そう言って日織はスカートを少しだけ持ち上げる。狼狽えた瑛太だったが、スカートの下には映画でしか見たことのないレッグホルダーに拳銃が仕舞われていた。これでは本当に秘密の組織の人間だ。

 日織は指先で器用に拳銃を回すと銃口を自らの側頭部に向けた。

「本物か見せてあげるよ」

 本当に映画のワンシーンのように非日常的な画だった。日織の屈託のない笑顔はいつも以上に眩しい。

 しかし、瑛太は拳銃を握る日織の手を掴むと銃口を自分の額に向けた。

「見せるならこっちにしてくれ」

 瑛太の体はもう震えていなかった。少し驚いた顔をした日織はすぐにイタズラっぽく笑った。

「死んでもしらないよ?」

「……遺書なら書いてある。それに……信じてるからさ。この一年を」

 もう怯えてはいなかったが、やはり走馬灯のように日織とのこの一年間が頭の中を駆け巡っていく。



「――――ありがとう、瑛太くん」



 日織はゆっくりと引き金を引いた。
















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アイ・ガン 大石 陽太 @oishiama

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