ツナギ・ガン

 立花日織は小さな公園のブランコに揺られていた。

 部活終わり、日が暮れるのも早くなり、冷え込んだ空気が肌に触れてヒリヒリする。

「はぁーぁ、つまんないなぁ」

 いつぶりかわからないブランコを漕ぎ出せば、無邪気だった子供の頃の記憶と共に体が嗅ぎ方を思い出していく。錆びついた鎖がキーキーと不快な音をたてる。

「瑛太くん、今頃何してるかなぁ」

 ブランコの勢いは次第に強くなる。

「よっ」

 ブランコがちょうど真上まで回った瞬間、日織はブランコから降りて、ブランコの土台である細い骨組みの上に立った。

 足幅の半分もない足場の上で取り出した拳銃をくるくると回す。やがて、日織はブランコの上からつまらなそうに飛び降りた。

「私ってこんなに意地っ張りだったかな」

 後から考えれば簡単にわかる嘘だったのに、なぜかあの時は頭が真っ白になって、何も言わずにあの場から走り去ってしまった。

 あれ以来、瑛太とは話をしていない。

 気分の晴れないまま、まだどこかに寄り道しようかと考えていたそのとき、公園の入り口に人がいることに気がついた。

「わ、びっくりした」

 そこにいたのは青野瑛太だった。

 しかし、瑛太がここにいるのはおかしい。彼は部活にも入っておらず、放課後に遊ぶような友達もいないはずだった。よく見ると、瑛太はなぜか息を切らしている。

「さらっと超人みたいなことするなよ……怖いからさ」

 最後は日織から一方的に距離を取ったのだが、瑛太は気にしていない様子だった。日織は変わらない瑛太を見て笑った。

「組織の人間なら、これくらい普通だよ」

 日織の手を離れたブランコは、まだ少しだけ揺れていた。

「何が組織だよ。ちゃんと演劇部じゃないか」

「それは瑛太くんが勝手に勘違いしてただけでしょー!」

 瑛太はバツが悪そうに頭をかいたあと、何かを覚悟したように日織に向き直った。

「ごめん。あれ嘘だから。この間の」

 この間の、とは同じクラスの子に告白されたという話のことだ。日織は少しだけ、吸い込んだ空気が温かくなった気がした。

「当然わかってたよ。瑛太くんがモテるわけないもん」

「何を言ってるんだ。今回のが嘘だっただけで、可能性は……ありませんごめんなさい」

 睨まれて、張ろうとした見栄をすぐに撤回する。

 日織が一歩近づくと、瑛太はわかりやすく狼狽える。二歩近づけば、後退りして距離を取る。

「申し訳ない気持ちがあるなら瑛太くん。正座して」

 日織は足元を指差す。少しの葛藤の後、やはり申し訳なさが勝り、瑛太は土の上に正座した。

 日織はしゃがんで瑛太と視線を合わせると、正座している瑛太の顔の前で、拳銃をくるくると回転させる。瑛太の顔がみるみる青くなっていく。

「お、お前……何する気――」

 回転していた銃口はぴたりと瑛太のこめかみで止まった。

 二人の間に少しの沈黙が訪れる。

「じゃあ、目を瞑って。今から起きたことも聞いたことも全部忘れて」

 言われた通りに目を瞑る。下半身が情けなく震え始める。まさかここまで怒っているなんて想定外だった。こんなことならわざわざ練習終わるの待って追いかけるんじゃなかった。

 しかし、後悔先に立たず、やがて瑛太の瞼の裏には走馬灯が流れ始めて――



「えいっ」



 瑛太の頬が冷たい手にぐいーっと引っ張られる。そのあと、撫でるような軽いビンタを数発、最後に額を拳で小突いた。

「…………ぁえあ?」

 困惑して怒ることも安心することもできない瑛太は間抜けな面をしたまま、ゆっくりと目を開けた。日織は目を瞑る前と何も変わらなかったが、いつものように賑やかな笑顔ではなく、少しだけ大人びた微笑みで瑛太を見つめていた。

「こういうとき、瑛太くんは怯えるんだね」

 日織は瑛太から一瞬たりとも目を逸らさない。瑛太の心臓はさっきとは違う意味で騒がしかった。

「私の方こそ、ごめんね。嘘ってわかってたのに」

 それは日織が瑛太にずっと言いたかった言葉だった。ただ、謝るだけなのに随分と時間をかけてしまったと自分のつまらない意地に内心苦笑いをする。

「僕もくだらない嘘ついたから……」

 また少しの沈黙の後、瑛太はポツリと呟いた。

「……もう立ってもいいですか?」

「……あ、うん。ごめん」

 立ち上がった二人はこのおかしな状況に、溜まっていたものを発散するように大笑いした。これもまた、周りから見ればおかしな状況だった。

 ひとしきり笑ったあと、日織は瑛太に元気よく声をかけた。

「あー、お腹空いた! 練習疲れたー! マクド行くぞー!」

「あ、ちょっと!」

 嬉しそうに笑う日織は瑛太の手を強引に引っ張った。

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